『長谷川如是閑の政治思想』
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『長谷川如是閑の政治思想』織田健志著
[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)
グローバル化の時代において、国家の役割は限られるようになってきた。そんな言説を目にするときに、いつも思う。それはすでに大正時代の日本で言われていたことではないか。
そういう時、まっさきに思い浮かべるのは、文明批評家、ジャーナリストとして昭和の戦後期まで活躍した長谷川如是閑である。もちろん、現代と同じような国際化や多文化状況を論じていたわけではなく、視野はあくまでも国内の秩序に限られている。
だが如是閑は庶民の生活ぶりに着目し、社会の内で人々の多様な「集団生活」が息づいていることを積極的に評価した。それを基盤として国家の機能を制御することを、二十世紀初頭から唱えていたのである。
一九三〇年代以降には「国民的性格」の再評価を説き、「転向」と見えるような動きを示すことになる。だが著者によれば、むしろ日常生活の中に生きている「形(かた)」と実践知を信頼する点で、大正期から一貫していた。日本の近代思想には良質な保守的思考が乏しいように見えるが、如是閑が貴重な例外であったことを教えてくれる好著。(成文堂、5280円)