『控えよ小十郎』
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『控えよ小十郎』佐藤巖太郎著
[レビュアー] 宮部みゆき(作家)
政宗の懐刀が秘めた夢
著者は代表作『会津執権の栄誉』など、人物に焦点をあてた歴史小説の巧者だ。本書の主人公は片倉小十郎景綱。独眼竜こと伊達政宗の側近として終生仕えた忠臣である。NHKの大河ドラマでは、西郷輝彦さんが演じていたのを覚えている方も多いでしょう。
開巻早々、十六歳の小十郎は、出羽国置賜郡のある村で、百姓組頭の屋敷が侍くずれの野盗の一味に襲われているのを発見。たまたま近くに居合わせた風体怪しいが頭の切れる修験者と力を合わせ、丘の上から矢を射て迅速かつ確実に野盗どもを退治する。このカッコいい遠距離攻撃シーンに続くのは、襲われて殺された村人たちと、襲って退治された連中の亡(なき)骸(がら)を墓地に運んで葬るシーンである。そして正体不明の修験者は語る。小さな在地領主たちのどんぐりの背比べで麻のように乱れているこの奥州を「一つの国」としてまとめることができなければ、いつになっても泰平は訪れない、と。
一つの国を造り得る力を持つ者は誰だ。その問いに答える道は二つある。一つは自分がそうなろうとする道で、もう一つはそういう誰かを探そうとする道だ。小十郎は大きな可能性のある若者でありながら後者を選び、その道を歩み続けて逸(そ)れることはなかった。それは小十郎が祖父の代から伊達家の家人であったという「身分」のせいかもしれない。やがて出会うことになる梵天丸、後の政宗の人物の器の大きさに魅せられて、人生を賭すに足ると決断できたからかもしれない。政宗の懐刀として戦乱の世を勝ち抜き、伊達家が奥州の盟主の座を獲得してからは、一つ間違えばたちまち命取りになる危険な政争を知恵と策謀で切り抜けて、己の守るべきものを守り抜いた「ナンバー・ワンにはならない戦国武将」の胸の奥には、どんな夢や理想が宿っていたのか。そんな小十郎に、タイトルはなぜ「控えよ」と命ずるのか。ようやく到来した秋の夜長に、歴史の謎を堪能しましょう。(講談社、2255円)