『校歌斉唱!』
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<書評>『校歌斉唱! 日本人が育んだ学校文化の謎』渡辺裕(ひろし) 著
[レビュアー] 土井礼一郎(歌人)
◆コミュニティ・ソングに光
本書は、明治の近代教育黎明(れいめい)から今日にいたるまでの数多くの事例を紹介し、校歌や応援歌といった「コミュニティ・ソング」のありかたがいかにして現在の形に定着したのか、時代や学校の種別(例えば旧制中学と高等女学校)によっても全く異なるその経緯を、具体的校名を挙げながら追いかけていく。
初期の校歌はしばしば生徒主導で作られ、軍歌や旧制高校の寮歌の替え歌(!)も多かった。その後ももっぱら放歌高吟することで校歌に親しむバンカラな校風が旧制中学に残る一方、東京音楽学校出身の教師により賛美歌調の校歌や儀式歌がつくられ「歌で彩るような」学校生活が演出された兵庫県立第一神戸高女(現神戸高)、現在の例では学校祭で披露される独特のパフォーマンスを通じて古い校歌が愛され続ける埼玉県立春日部高など、校歌の存在が「学校文化」形成に寄与した数々の例は読み応えがある。
一方で、校歌はなにも無批判に歌われ続けるわけではない。敗戦による歌詞の改訂や、共学化による新校歌制定はもちろん、自然を詠みこんだ歌詞が開発により実態に合わなくなる、あるいは、「フレアスタック」(余剰なガスを燃やすために煙突から出る炎)といった当初は新鮮だったはずのモチーフが、公害の深刻化で歌いにくくなる、そんな事例からは校歌も実は常に校門の外の社会にさらされ続けているのだということがよくわかる。
著者は、学校史はもちろん、周年事業で制作される学校新聞の縮刷版や、校歌・応援歌のレコード・CDなどを古書店やネットオークションで入手、ユーチューブをフル活用し、ときに卒業生や関係者へのアンケートや聞き取りを行うことで、校歌を取り巻いた事情を驚くほど立体的に明らかにしていく。その過程には、校歌が学校の外の者には触れにくいがゆえの苦労がにじみ出るかのようだ。著者のその泥くさい探求心に脱帽するとともに、小さなコミュニティに密閉された文化にも徐々に光が当てられるうれしい時代になったと実感した。
(新潮選書・1925円)
1953年生まれ。東京大名誉教授。著書『聴衆の誕生』『歌う国民』。
◆もう1冊
『校歌の誕生』須田珠生(たまみ)著(人文書院)。校歌の起源と展開に丹念に迫る。