『その悩み、古典が解決します。』
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古文を噛み砕いて紹介される自分だけの悩みに寄り添う言葉
[レビュアー] 乗代雄介(作家)
人には誰しも悩みがあり、言葉に救いを求めることもある。世界にはほとんど無限の言葉が記録されているから際限なく救われてよさそうなものだが、どうもそれほど救われているようには見えない。
タイトル通りの内容である本書の冒頭、悩みを解決する古典と言えば『徒然草』を思い浮かべる人も多いのではないかと著者は問う。さらにはその効果を認めた上で、「メジャーすぎる」ため取り上げないことにする。代わりに取り上げるのは「名前は聞いたことがあるけれど読んだことがない、あるいはそもそも名前も聞いたことのない古典」だ。
これだけ読むと意地悪な逆張りのような印象を受ける人もいるだろうが、思い出してほしいのは、何かを読んであなたの悩みが解決された時、それは純粋に言葉の力であったかということだ。人は、自分の悩みに向き合いながらそれを育てている。膨れ上がった自分だけの悩みは、ますます自分を圧迫する。そんな自意識の苦しみに、定番の『徒然草』が効くだろうか。テクストではなく、コンテクストの問題なのだ。
言葉というのは多くの人に通じるからこそ、たった一人の自分には寄り添ってくれないということがある。自分だけの悩みには自分だけの言葉が、せめてそう思わせてくれる出会いが欲しいというのが人情だ。
そこに例えば、普通は知りもしない『莫切自根金生木』を差し出されたらどうだろう、というのが本書の趣向である。内容は読んで確かめてもらうとして、実はこれ、話が意味するところは『徒然草』の第二百十七段とよく似ている。でも、違うのだ。『徒然草』でなく『莫切自根金生木』でなければ解消できない悩みが存在するのである。
こうした悩みの捉え方、古文を噛み砕いて紹介する著者の文章の技もさることながら、古典にはこんな言葉が無限に転がっているのだという思いが何よりも眩しい。