『人間』
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これ、あんたのために書かれた本やで
[レビュアー] ピストジャム(芸人)
つい先日46歳の誕生日を迎えた芸人のピストジャムは、慶應大学の法学部政治学科を卒業後、お笑い芸人の道を志した。
以来、20年以上ずっと売れていない。
読書好きが高じて2年前に出版された自身初のエッセイ『こんなにバイトして芸人つづけなあかんか』(新潮社)で語ったように、バイトで食いつなぎながら芸人として売れることを、今日も夢見ている。
そんなピストジャムが、先輩芸人で作家としても活躍する又吉直樹の小説『人間』(角川文庫)を読み、明かした葛藤とは。
以下に、又吉が編集長を務める文芸誌「第一芸人文芸部」創刊準備号から抜粋して紹介する。
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又吉さんの『人間』が発売されたのは2019年だった。そして2022年の春『人間』の文庫本が出版された。その加筆の量がヤバい。1万2000字。単行本の時点で完璧な作品やったのに「まだ叫びたりてなかったん!?」と恐怖すら覚えた。小説の深度が増したというか、目が落ちくぼんで頬がそげ、顔の陰影がより濃くなった感じというか、とにかく迫力が増した。単行本を読んだ人にもぜひ改めて読んでほしいし、未読ならこの文庫版を強くおすすめする。
物語は、永山38歳の誕生日に届いた一通のメールから始まる。美術学校に通ってたころに同じ境遇の仲間たちと暮らした「ハウス」での苦い思い出がよみがえる。何ものかになろうと、もがきあがいた青春の日々はすぎさり、結局何ものにもなれなかった現在の自分をあざ笑う。挫折を抱えて生きる彼が歳月を経てたどりついた境地とは……。
黒歴史とまで言わずとも、誰しもなかったことにしたい過去はあると思う。若気のいたりというか、思い出すのも恥ずかしいような話。
未熟やのに根拠のない自信にあふれてた、あのころ。甘い夢を見て中途半端な表現活動してみた、あの日。あの時期、なんであんな調子に乗ってたんやろとか、なんであんな服装してたんやろとか、なんであんな人とつきあってたんやろとか。みな、そんな経験が大なり小なりあるやろう。
僕に関しては、46歳になったいまもそれが続いてる。芸人として売れると信じて20年以上やってるけど、まったく売れてない。現在進行形で生き恥をさらしてる。芸人になった時点で覚悟してたはずやのに、歳を重ねたことで平気なふりする変な癖がついてもうて、これ以上傷つきたくないから、とりあえず卑下して謙虚でいることで身を守ろうとするようになった。