『ベル・ジャー』
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世界的名著の復刊を実現した「圧」をなくすための際立つ試み
[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)
いまや検索窓に“〇〇になるための方法”と打ち込むだけで、あらゆる情報を瞬時に得ることができる。だが“自分自身が何者なのか”を教えてもらえるわけじゃない。〈わたし〉の主体性をめぐる苦悩や不安は、かえって複雑なものになったようにも感じられる。
ピュリツァー賞受賞の天才詩人、シルヴィア・プラスが書き残した自伝的小説『ベル・ジャー』。英米だけで430万部を売り上げた世界的ベストセラーだ。日本では2004年に青柳祐美子による訳書が刊行されて以来、長らく絶版となっていたが、今年七月に小澤身和子による新訳が刊行され、発売からひと月あまりで三刷が決定。各所で大きな話題となっている。
タイトルの「ベル・ジャー」とは実験などで使われる、上から被せる鐘形のガラス容器のこと。作中の舞台は1950年代だが、何者かになりたいと切望しながら自意識と社会規範のはざまですり減り、自分自身を見失っていく十九歳の少女・エスターの焦燥と閉塞感は、氾濫する情報にがんじがらめになっている現代においてもリアルな痛みを伴って胸に迫る。
実際、近年話題の海外ドラマの中でも本作はさまざまな形で引用されている。例えば『マスター・オブ・ゼロ』の中では、人生において何かを選択することにたじろぐインド系アメリカ人のアラサー男性が『ベル・ジャー』を読んでいる。まさに時代を超えた名作と呼ぶべきだろう。
とはいえ本書の佇まいは、名のある文学作品にありがちな圧をけっして感じさせない。「I am I am I am」なる選書シリーズの第一弾として、「海外文学を読むのが初めての方も手に取りやすいものにしたい」という意図を汲んだデザインは、美しく繊細ながら、どこか潔く軽やかな印象も与える。重厚なデザインが多い海外文学の棚のなかで、その軽やかさは本書の輪郭をかえって際立たせる。書店での評判も上々だ。
ちなみに「I am I am I am」とは本作に登場する言葉でもある。物語の中で懸命に生きる〈わたし〉の鼓動が、現実を生きる〈わたし〉たちの脈動へとつらなっていく。