川谷絵音とカツセマサヒコが作品を「ハッピー」にしない理由とは?──カツセマサヒコ×indigo la End『夜行秘密』創作秘話対談
対談・鼎談
『夜行秘密』
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バズることに悩む川谷絵音に共感して出た答えは?──カツセマサヒコ×indigo la End『夜行秘密』創作秘話対談
[文] 双葉社
〈本作を完成させたあとに、カツセはこう綴っている――「この物語が、多くの共感よりも、誰かの特別になることを願っています」。大勢から安易な共感を得ようとするのではなく、誰かの心に深く突き刺そうとすること。一辺倒の幸せを描くのではなく、人一人の多面性や現実の憂いをも描き切ろうとすること。それらは、indigo la Endとカツセマサヒコに通ずる表現の核のようにも思う。indigo la Endとカツセマサヒコが表現する愛や正義は実に人間臭く、苦しく、鮮やかだ。〉
カツセ:『夜行秘密』というアルバム自体が、多くの共感よりも誰かの特別になるように作った作品だというふうに僕には聴こえていて。「夏夜のマジック」がTikTokでバズって脚光を浴びて、その次に出すアルバムはやはりポップでキャッチーなものになるのだろうかと思ったときに、そういう曲ばかりではなくて。「このバンド、1曲バズったくらいでブレたりしないんだ。ずっと培ってきた自分たちの温度感を大事にするんだな」ということをすごく感じてそれがいいなと思ったんです。僕自身も、1作目はできるだけ広く届けることを意識しました。売れないと2作目を出させてもらえないと思っていたから、たとえライトな言葉であっても惜しげもなく使うという選択だったんですけど、『夜行秘密』を聴いて、安易に共感させるばかりのものを書くのはやめようって決めました。「みんなは好きじゃないかもしれないけど、私はこれが好き」って言える人がたくさんいる方が健全だし、それが今のindigo la Endっぽいなと思ったんです。
川谷:僕自身が、あんまり共感しないんです。
カツセ:『夜行秘密』は、1曲目の頭の2音でヘヴィだなと思ったし、1曲目のサビで《行かないで 行かないで》だから「これはどう考えてもハッピーエンドにならないな」というふうに感じたんですけど、indigo la Endはどうして「ハッピー」を作らないんですか?
川谷:ハッピーな人間じゃないからだと思うんですけどね(笑)。ハッピーな音楽を、そもそもそんなに聴かないので。好きなものしか作らない、というところなのかもしれないですね。明るい応援ソングとか、昔からめちゃくちゃ苦手なんですよ。この4人の中で明るい音楽が好きな人、多分いない。
佐藤:もう、あそこは参入しづらいですよね。
長田:ハッピーゾーン?
佐藤:そう、ハッピーゾーン(笑)。別に暗い人間だというわけではないんですけど、あそこは、本当に強固なハッピーがないと行けないんで。
全員:(笑)。
川谷:「この日楽しかったな」「頑張ろうぜ」みたいなハッピーからは、歌詞がまったく出てこないんですよね。
長田:さすがに、そういう歌詞がきたら「どうした?」って言う(笑)。
川谷:光が見える歌詞みたいなものは書けるんですけど。いちいち強制されるハッピー感は苦手で、そういうものが多いなと思う。僕、高校時代に体育祭に出たことないんですけど、体重軽いってだけで組み体操で上の位置にされたり、右向け右みたいなのだったり、集団でなにかを強制されることに対しては子どもの頃から嫌だったんですよね。応援ソングって、それがすごくあるんですよ。
カツセ:僕は、学生時代から結構ハッピー野郎だったと思うんですけど。モテたかったし、そのために「みんなでなにかやるぞ!」みたいなタイプで。でも物語とかに関しては、ハッピーエンドだと「裏切られたな」って思っちゃうんですよね。世の中そんなに都合よくできてないという感覚がいつもあるから、自分が書くときはちゃんと現実的なところで終えたいし、そうすることで寄り添える人がきっといると思っているんです。だからこそ救えるものがあるんじゃないかって。小説の中でブルーガールの全盛期を含め十数年のキャリアを描いているんですけど、そんな彼らには単にハッピーではない雰囲気を作ったのは、やっぱり自分がいろんな著名人に会ったりインタビューしたりしても全員どこかに影があったり悩んだりしているなと思うからで。逆に調子に乗ってる人はいなくなっていくパターンが多いから、世界はそういうふうにできてるんだなって思う。いつも現実を書いてる気がします。
〈音楽から小説を作るという試みの奥には、いち音楽ラバーとしてカツセが感じている音楽のインスタントな聴かれ方へのささやかな抵抗もある。小説『夜行秘密』を完成させたことで、新たな音楽の楽しみ方を生み出せたような手応えを両者は感じている。〉
後鳥:もともと自分が感じていなかった曲に対するイメージが、小説から返ってくるのが面白くて。曲のストーリーやモチーフをなぞって小説化するのはこれまでもあったと思うんですけど、そうではなくて、お互いが発見し合うということがまさに新しい形なんじゃないかなと思います。
川谷:今までindigo la Endの音楽に興味なかった人が小説を通して聴いてくれる可能性を秘めているなと思います。この小説を読むと、すごく音楽が聴きたくなるんですよね。僕だったら「これ、どういうアルバムなんだろう?」って聴きたくなるので。
カツセ:そうなったら嬉しいですね。『夜行秘密』がさらに日の目を見ることになるのなら、それはとてもポジティブなことだと思ってます。今、アルバムって、ものすごく賞味期限が短いじゃないですか。それはすごく悲しいことだと思うんです。自分が関わることで、新しい見せ方ができたり、まだアルバムを聴いたことがない人が聴いてくれたり、改めて楽曲と向き合って長く聴かれるアルバムになるようなきっかけを作れたらいいなと思ってました。
川谷:この小説はindigo la Endと関係なく、小説として本当に面白い作品です。カツセさんの傑作の中にindigo la Endの作品が入ってるということが単純に嬉しいですね。
カツセ:『明け方の若者たち』を出してから、いろんな人にいろんなことを言われた1年ではあったので、今作で「カツセマサヒコの2作目、indigo la Endとのコラボ」として世に出たときに、「なんだ、純粋な2作目じゃないんだ」というふうに捉えられたり、「CDのおまけね」「音楽のプロモーションの一環ね」みたいな捉え方をされるのは絶対に嫌だったんです。だからこそ、音楽を補足するために書くのではなく音楽を拡張させるために書いて、楽曲から小説にするという新たな道を作るものにするんだと決めました。indigo la Endの曲を半年間ずっと聴き続けても嫌いにならなかった人間がここにいるので、みんなにも聴いてほしいですね(笑)。半年間、死ぬほど聴いてもすごく好きでいれたのが、一番よかったなと思っているんです。半年間聴き続けると、さすがに嫌になるかなって思ってたんですけど(笑)、全然そうじゃなかったから、やっぱりいいアルバムなんだなと思いました。