『宗教を学べば経営がわかる』
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『宗教を学べば経営がわかる』池上彰/入山章栄著
[レビュアー] 佐藤義雄(住友生命保険特別顧問)
企業変革 布教を手本に
本書の共著者である入山章栄氏は、データ解析や認知心理学などに基づく現代経営学の、日本における伝道師的存在である。その入山氏が、池上彰氏との対談で、一見異質に見える経営と宗教は共通点も多く、宗教の布教における成功の理解が経営にも役立つと語るのだから興味を惹(ひ)く。両者は、膨大な数の人間が宗教に帰依しているのは、それぞれの宗教がその教えを聖典や絵画、礼拝等の儀式を通じて信者たちに「腹落ち」(納得)させており、信者はそこに自己の心の拠(よ)り所(どころ)を見いだしているからだという。
「腹落ち」の重要性は、現代の経営学でも「センスメイキング」理論として知られている。ところで多くの日本企業では、コストがかかり失敗も多い「知」の幅広い「探索」によるイノベーションよりも、目先の「社内知」の深掘りに傾斜し、スケールの小さな改良などの対処に終わったり、あるいは目先のライバルにいかに勝つかにしか目が向かず台頭しつつあるもっと大きなライバルの動きを見逃したりといった現象がおきている。コストがかかり、時間の効率が悪い変革に取り組むよりも、従来のやり方で目先の問題に対処することが合理的で現実的だとする勢力の声が大きくなりがちだからだ。それはなぜか。
著者は変革を唱える指導層が、メンバーを「腹落ち」させるだけの迫力に欠け、浸透策の手法を磨くことができていないからではないかと指摘する。企業においても経営陣が宗教の成功体験に学び、明確な理念と具体策を示したうえで浸透策に知恵を絞る。その結果、それに惹かれるメンバーが増え、いい意味で宗教団体のような一体感が生まれることが変革成功への鍵となるという。もちろん現代の経営は複雑で、一つの手法でうまくいくほど甘くはないだろう。だが一体感醸成は変革の必要条件で、その実現には宗教の体験に学べという主張には頷(うなず)けるものがある。本書ではこのセンスメイキングの重要性の他にも、宗教と経済、あるいは経営との関連性が論じられている。著者の見解には異論もあるだろうがユニークな視点も多く興味深い。(文春新書、990円)