『老いぼれを燃やせ』という“恐ろしく予見性の高い近未来ディストピア小説の旗手”が放つ、すべてがよく出来た短篇集

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老いぼれを燃やせ

『老いぼれを燃やせ』

著者
マーガレット・アトウッド [著]/鴻巣 友季子 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784152103611
発売日
2024/09/19
価格
3,080円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『侍女の物語』作者の軽妙洒脱かつコミカルな物語

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 マーガレット・アトウッドといえば『侍女の物語』が有名すぎて社会派と思われがちだし、実際、恐ろしく予見性の高い近未来ディストピア小説を多々ものしてもいるのだけれど、その一方で軽妙洒脱かつコミカルな物語の書き手でもある。その魅力をわかりやすく伝えてくれるのが短篇集『老いぼれを燃やせ』なのだ。

 異世界ファンタジー小説で一世を風靡した、老齢の流行作家コンスタンス。氷嵐に見舞われた自宅で、亡き夫ユアンから幻聴めいたアドバイスを受けてサバイブしながら思い出すのは、若き日の恋人ギャヴィンとの日々。物語を書き始めたのも、この詩人志望の男を金銭面で支えたいと思ったからなのに、ギャヴィンはマージョリーという名の女性と浮気をし―。という冒頭の1篇「アルフィンランド」に続いて物語られるのは、詩人として成功したものの気難しい老人と化し、30歳も年下の3番目の妻と暮らしているギャヴィンの話と、双子の兄の家に居候させてもらっているマージョリーが亡くなったギャヴィンの追悼式に乗り込んでいく話。この3つの連作短篇が素晴らしい。老いを見つめる辛辣かつユーモラスな眼差し、かつてあった今とは比べものにならないほど酷い男女格差、いさかいと誤解が和解へと着地することで生じる意想外なまでに良い読後感。ひとつの出来事を多角的にあぶり出していく三者三様の語り口の妙もあいまって、ウェルメイドな名品になっているのだ。

 ほぼ全盲になり、踊り騒ぐ小さな人たちの幻覚を見るようになっているウィルマ。富裕層向けの老人ホームで友人の助けを借りながら暮らしているのだけれど、ある日、高齢者をディスるプラカードを持った集団が現れ脅かされることに。老人排斥運動を扱った、この最後におかれた表題作まで全9作すべてがよく出来た物語になっていて、アトウッドの社会批評込みのストーリーテラーぶりが堪能できる。お得な一冊だ。

新潮社 週刊新潮
2024年10月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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