「金と権力が時代を問わず世界の闇社会を動かしている」猛禽類医学研究所代表が再認識した密猟問題の根深さ

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ハヤブサを盗んだ男――野鳥闇取引に隠されたドラマ

『ハヤブサを盗んだ男――野鳥闇取引に隠されたドラマ』

著者
ジョシュア・ハマー [著]/屋代通子 [訳]
出版社
紀伊國屋書店
ジャンル
自然科学/自然科学総記
ISBN
9784314012065
発売日
2024/06/28
価格
2,750円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

人間のエゴに翻弄される野生猛禽類 反面教師に学ぶ共生のあり方

[レビュアー] 齊藤慶輔(野生動物専門獣医師)


最も高値で取引されるというシロハヤブサ [(c)Elena Gaillard, CCBY2.0](写真はイメージ)

 野鳥の闇取引の実態をご存知だろうか?

 なかでも高額で取り引きされる動物の一つが、世界最速の飛翔スピードを持つとされるハヤブサだ。

 こうした鳥類の密猟や密売の実態に迫った一冊がある。『ハヤブサを盗んだ男――野鳥闇取引に隠されたドラマ』(紀伊國屋書店)だ。

 2017年、イギリスから稀少なハヤブサの卵を持ち出そうとした男がバーミンガム空港で捕らえられる。4大陸をまたにかけ、密猟を繰り返していたこの男の捜査にあたるは英国野生生物犯罪部の捜査官。彼らの攻防を軸に、卵コレクターや鷹狩り愛好家、ハヤブサレースを楽しむ中東の富裕層の存在など、闇取引の背後にある世界と、各国の野生生物保護の取り組みをまとめた本作が浮き彫りにしたものとは何か?

 本作を読んで密猟問題の根深さを再認識したという猛禽類医学研究所代表で獣医師の齊藤慶輔さんによる書評を紹介する。

 *** 

 人間はなんて強欲な動物なのだろう。この本を読み終えてまず感じたのはその思いだった。私は獣医師として傷ついた野生猛禽類(もうきんるい)を治療して自然界に帰すことに加え、その原因を究明して人間とのより良い共生を目指すための環境改善を行っている。31年に及ぶ活動を通して見えてきたのは、彼らの傷病原因のほとんどに何らかの人間活動が関係していること。人間生活を豊かにするための環境の改変が、人と野生動物が暮らす地球を痛めつけ、生態系のバランスを崩しているのだ。生態系の上位種である猛禽類もまた、人間が手を加えた生息環境を巧みに利用して命を繋いでいる。交通事故に遭った動物や廃棄物などを餌として食べ、電柱を止まり木として多用する生活が、副作用として事故や中毒の発生を招いている。

 現在、世界中に生息する野生猛禽類の多くは絶滅の危機に瀕している。この本に描かれているのは、一見普通の社会生活を送っているように見える人間が、野生猛禽類の卵やヒナを信じられないほどの労力や資金を費やして強奪している現実。自分たちの所有欲を満たすためのみならず、猛禽類を尊ぶ文化のある中東諸国の富豪の強欲を主に満たすために、国際ルールに反して悪事を重ねる姿が詳(つまび)らかにされる。長年、国内外で保全・研究活動を行う中で、欧米諸国のエッグコレクターによる諸悪や、鷹狩り用の猛禽類を密猟する輩(やから)の存在を見聞きする機会はあった。日本でも自分が観察していたオオタカの営巣木によじ登るための五寸釘を打たれ、巣立ち間際のヒナを何者かにさらわれたことがあった。また、学生時代からオジロワシの移入プロジェクトに参加していたスコットランドで、ハヤブサの巣内から卵を密猟し、車のダッシュボードに仕込んだ孵卵器(ふらんき)に入れて運び去ろうとしたドイツ人が摘発されたと研究者仲間から聞いたことがあり、まさにその事象が本書で紹介されていたことに驚いた。

 ハヤブサ類を用いた鷹狩りが盛んな中東のカタールに行ったことがある。招待されたハヤブサレースの会場で屋外観客席の高級ソファに深々と身を沈める富豪たちの姿や、荒涼とした砂漠に設けられた駐車場に日本製の高級四輪駆動車が各レースの賞品としてずらりと並ぶ光景を目の当たりにした。首長一族をはじめとする裕福な民が高価なシロハヤブサを腕に据えた姿を書籍などで目にしていたが、会場で知り合った男性から、6歳の息子に1000万円以上するハヤブサを誕生日プレゼントとして贈ったことを聞き、自分の常識とはかけ離れた金銭感覚を持つ富裕層のいる国であることを再認識させられた。

 私がかの地を訪れた目的は、同国に新設されたハヤブサ専門の動物病院で世界中から招集された猛禽類専門の獣医師とともに最先端の診療技術を同地の獣医療スタッフに教えるためだった。高価な医療機器がずらりと並ぶ3階建ての病院には毎日150羽以上のハヤブサが訪れるということで、同国で飼育されるハヤブサはどのようにもたらされているのだろうか? すべて飼育下繁殖されたものなのだろうか? と不思議に思ったのを覚えている。

 仕事柄、シロハヤブサが北極圏に生息している種であることや、パキスタンなどでセーカーハヤブサの密猟が横行していることは知っていた。その需要の中心が中東であることも薄々感じていたが、本書を通じてその問題の根深さを改めて知ることとなり、残念ながら金と権力が時代を問わず世界の闇社会を動かしていることを再認識した。実際、私の所にも希少猛禽類の羽毛や卵殻(らんかく)を譲ってくれないかとの問い合わせがいくつも寄せられてきた。もちろん、法や条約などによって厳重に保護されている種であり、取引には応じられないことを説明したが、先方もそれは重々承知していた。結局のところ、如何にルールが整備されたとしても、それを遵守するか否かは関係する当事者の意識や価値観、心の問題であり、社会全体が元凶となるものに目を光らせ、悪事を働く人や組織、問題となっている体制を見直すべく働きかける以外に改善する方法はないのだろう。私のような獣医師もまた、治療のために持ちこまれる猛禽類などが密猟されたり違法に取引されたりしたものでないかを常に意識し、疑わしいものについてはしかるべき所に通報する心構えが必要であろう。

 日本においても、一般市民が飼育している外来種を含む猛禽類のフリーフライト(野外を自由に飛ばせること)は容認されているが、これらの中には日本に生息する野生種と交雑する恐れがある種も含まれている。フライト中にロスト(行方不明になること)する個体も多数存在すると思われ、この懸念は年々深刻になっている。実際、首都圏にある鳥獣保護センターで往診した際、野生下で収容されたという正体不明種のハヤブサ類が数多く保護されていた。その見た目から日本に生息するハヤブサ類とは“どこか違う”ことは職員も認識しており、ロストした個体もしくは自然界で交雑したその子孫であると思われたが、これを遺伝子レベルで鑑定する体制は我が国には整っていない。知らず知らずのうちに、遺伝的汚染が進行しているのではないかと心配しており、日本の野生猛禽類保全の観点から、飼鳥(かいどり)のフリーフライトに関するルール作りや野生個体の遺伝的モニタリングが必要であると私は考えている。

 本書には人間の様々な欲によって翻弄される野生猛禽類の姿が克明に描かれており、自分自身の行動や考えを戒める意味でも感慨深い内容であった。

紀伊國屋書店 scripta
scripta no.73 autumn 2024 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

紀伊國屋書店

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