『ジャンヌ・ダルク』
- 著者
- ゲルト・クルマイヒ [著]/加藤玄 [監修、訳]/小林繁子 [訳]/安酸香織 [訳]/西山暁義 [訳]
- 出版社
- みすず書房
- ジャンル
- 歴史・地理/外国歴史
- ISBN
- 9784622097099
- 発売日
- 2024/06/19
- 価格
- 5,720円(税込)
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『ジャンヌ・ダルク 預言者・戦士・聖女』ゲルト・クルマイヒ著
[レビュアー] 小池寿子(美術史家・国学院大客員教授)
英雄神話解体 実像に迫る
パリの中心部ピラミッド広場に金色のジャンヌ・ダルク騎馬像がある。19世紀の普仏戦争敗北後、彫刻家フレミエが制作、戦いに向かう勇姿を捉えた象徴的な彫像だ。ジャンヌは1412年1月初め、仏東部の小さな村ドンレミで生まれたとされ、31年5月30日、軍事的要衝のルーアンで処刑された。19歳で燃え尽きたこの「処女」については、多くの研究書や小説が書かれ、映画にもなっており、およその生涯は知られているだろう。
イングランドとフランスの王位継承を巡る百年戦争の原因を辿(たど)れば、両王国の王家が血縁関係にあり、イングランドがフランスに領地を所有していたためだ。戦いが苛烈化した20年代、シャルル6世崩御の後、シャルル7世を国王にせねばフランスの命運は尽きる。その危機のさなかに忽然(こつぜん)と登場したのがジャンヌだ。14歳頃から幻視をしばしば体験し、神との交感に導かれて仏軍を指揮、イングランドに占領されていたオルレアンを劇的な勝利で解放した。
しかし、英雄ジャンヌを待っていたのは火刑台への道であった。火刑後、遺灰はセーヌ川に撒(ま)かれ、心臓は焼却されなかったとも伝えられる。果たして、この男装の処女は「魔女」か「聖女」か。15世紀半ば以降、啓蒙(けいもう)主義、ロマン主義へと時代が推移する過程でジャンヌは神話化され、政治的に利用されてゆく。
本書は年代記や文学作品を渉猟し、透徹した分析力でその実像に迫る歴史書である。ドイツ人の著者はジャンヌ研究の基本問題に始まり、彼女の幼少期から栄光へ、そして転落から処刑までを綴(つづ)る。第一次大戦を中心とするこの近現代史の専門家は、「異端審問裁判」や「記憶の中で生き続けること」の章で態度を鮮明にし、神話化された彼女の実像に政治的・軍事的な観点から客観的に迫っている。訳者あとがきも読書を促す。
ジャンヌの神話は解体されるのだろうか。それでも戦いと英雄を希求する人間の本性は、性差を超えた新たなジャンヌ像を求めるに違いない。加藤玄監訳。小林繁子、安酸香織、西山暁義訳。(みすず書房、5720円)