『戦場の人事係 玉砕を許されなかったある兵士の「戦い」』七尾和晃著

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戦場の人事係

『戦場の人事係』

著者
七尾 和晃 [著]
出版社
草思社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784794227362
発売日
2024/08/01
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『戦場の人事係 玉砕を許されなかったある兵士の「戦い」』七尾和晃著

[レビュアー] 遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)

沖縄戦生還 飾らぬ証言

 幼い頃、普通に聞ける昔話が戦争だった。下町の商店だった実家には、客や取引相手が絶えず出入りしていた。一人はビルマ帰りで、気づけば義足だった。戦友が手榴弾(しゅりゅうだん)自決で即死せず、のたうち回って死んでいったという銀行員。軍刀で斬られた捕虜の叫びを忘れないという配達員。学徒動員の労働の帰りに砂糖をもらうのが嬉(うれ)しかったという主婦。戦闘で敵を殺した覚えはないが、上官の背中は狙ったという客。他に職もないから軍隊を目指したという営業。話の真偽など問わない。店先で時間を潰す働き盛りの世代から、日常耳に入るお喋(しゃべ)りだった。

 昭和四十年生まれの私は、「戦争の話」が珍しくなく話される時代を過ごした。それがいつの間にか日々の会話から消え、戦争といえば特攻隊か原爆か八月十五日のみになり、活字でも映像でも雲の上へ特別扱いされていく変化を知る世代だ。私にとって戦争の風化は、世の中が戦争の話を非日常視するようになることだった。

 本書は、全滅が当然の沖縄戦で、「生きて伝えよ」と上官から命じられた、名も無い元陸軍兵を取材して得た証言から書かれている。部隊で人事を担当、戦時名簿を管理する役どころだった彼は、兵たちの最期を克明に記録に残し、生き延びて捕虜となる。彼の戦後の「生」の使命は、遺族に会い、自ら書いた詳細な記録をもとに、「死」の様子を伝えることだった。

 遺族にどう接するべきか、苦悩する。行政の戦死通知では知り得ない本当の最期を知りたい遺族がいる。一方で、生存に一(いち)縷(る)の望みを抱く家族と出会えば、決定的な最期を伝えることが正しいとは思われなくなる。伝達者の責務として、涙を見せずに遺族と対したという。

 まさに私が大切に思う、飾ることなく語られる戦争だ。著者の歴史への謙虚な姿勢に心打たれる。証言は、「訊(き)くのではなく聴こえる瞬間を待つ」のだという。それでこそ真実が引き出せるのだ。歴史を筆に執る人物の神髄を見た。(草思社、1870円)

読売新聞
2024年10月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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