『銀色のステイヤー』
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『臨床のスピカ』
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[本の森 仕事・人生]河崎秋子『銀色のステイヤー』/前川ほまれ『臨床のスピカ』
[レビュアー] 吉田大助(ライター)
直木賞作家・河崎秋子の『銀色のステイヤー』(角川書店)は、三浦綾子文学賞&JRA賞馬事文化賞をW受賞したデビュー作『颶風の王』以来となる、馬を題材にした物語だ。デビュー作は日本の在来種の馬を巡る歴史大河小説だったが、本作はサラブレッド=競走馬にフォーカスしたエンタメ小説となっている。
北海道・日高にある菊地牧場で、かつて重賞を制したドラセナが男馬を産んだ。牧場長の俊二たちからドラ夫と呼ばれるようになった灰色の仔馬はやがて、リッチな馬主からシルバーファーンという立派な名を与えられ、茨城県美浦村にある二本松厩舎へ。元サラリーマン調教師の二本松、べらんめえ気質のある調教助手・鉄子らに鍛えられ競走馬デビューを果たすが――ファーンは周囲がハラハラせずにいられない「ヤンチャボーイ」だった。
無茶なレース運びと小学生男子のような振る舞いを繰り返しながら、実は桁外れの競争心の持ち主であるファーンが愛らしくってたまらない。推せる。一方で、ファーンの成長や躍進は、周囲のホースマンたちも成長させる。競馬界に物申しすぎる、菊地牧場で働く問題児・アヤ、俊二の兄でありいまいちブレイクしない二本松厩舎所属の騎手・俊基……。ファーンは、周囲に夢を見させる能力の持ち主でもある。夢を見ることで人は変わる、変われるのだと綴る筆致には、馬への愛と共に人間への愛も強烈に感じた。
現役の看護師でもある前川ほまれは『臨床のスピカ』(U-NEXT)で、患者の治療計画の中に動物を介在させる、動物介在療法を題材として取り上げた。DI(Dog Intervention=犬の介入)犬であるゴールデン・レトリバーのスピカは週三日、一日三時間、所属する病院の患者たちの元を訪ねる。小児がんを患い入院中の少女、手洗いがやめられないという強迫性障害を患う中学生、産後うつの女性……。HIE(低酸素性虚血性脳症)で生まれた時から病院暮らしの幼児の、スピカが病室に来てくれたおかげで初めて犬に触ることができたというエピソードには、心が震えた。
ハンドラーと呼ばれる犬の責任者・凪川遥は、「スピカは、手術も、治療薬の処方も、採血もできませんから。できることは、誰かに寄り添うことだけです」と言う。その「寄り添うだけ」が、病に悩む患者にとってのみならず、闘病を見守る家族や医療従事者たちにも大きな意義をもたらす。病を負う者と負わない者、という硬直した関係に愛らしい犬がちょこんと入り込むことで、病室内での会話の質が変わり、人と人との間の新しい距離感が生まれるのだ。小説は、その変化を丁寧に繊細に記録していく。
動物と共にある仕事と人生を描いた二作は、動物を介して、人間と人間が共にある姿を描いた二作でもあった。