『大使とその妻 上』
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『大使とその妻 下』
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「かぐや姫」のような大使夫人 彼女はどこから舞い降りたのか
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
上下巻あわせて700ページ近い大長編だが、下巻の真ん中あたりから読み終えるのがもったいなくなり、あえてゆっくり読み進めた。
タイトルは「大使とその妻」だが、すべての中心にいるのは「大使」ではなく「その妻」貴子である。
貴子は現代を生きる「かぐや姫」である。優雅な身ごなしで年齢不詳の美しさがあり、血のつながらない老夫婦に大切に育てられたというのも「かぐや姫」と同じ。
軽井沢・追分の山荘でひっそり暮らすアメリカ人、ケヴィンの視点で物語はすすむ。隣の別荘を改築して移り住んできた男女はどうやらもと南米駐在の大使夫妻であること、妻が精神を病み、人を避けて暮らしていることが次第に明らかになる。
「かぐや姫」はどこから地上に舞い降りたのか、という謎が物語の主軸になる。ヒントのようにちりばめられた「宮大工」「(京都の)奥さん」といった言葉に気を取られ、ケヴィン同様、読者も間違った方向にいったん連れて行かれるので、正解が明らかになったときの驚きが大きい。
失われたものをめぐる小説である。ケヴィンは日本文化や古典への造詣が深く、「失われた日本を求めて」というオンライン・プロジェクトを主宰している。「結界」を張ったような夫妻の聖域に招き入れられたのは、ケヴィンの人柄と、彼が失われつつある日本文化を深く理解する人物だったことも大きい。
貴子について知る過程で、ケヴィン自身も、大切な人を亡くした痛みに改めて向き合う。喪失による空洞が二人の距離を近づけ、ケヴィンが貴子を理解する手助けとなる。
「枕草子」「源氏物語」からプルーストまで、古典の断片を優雅にひきながら、国策に翻弄された人々の過酷な人生を追う、スケールの大きな現代小説でもある。月を反対側から眺めるように、ふだん、われわれの見ているのとは違う角度から日本の二十世紀を描き出す。