『命の水 - モンマルトルーーラパン・アジルへの道 -』
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芸術家が集う酒場を通じて綴られる著者の苛烈な反省と人生の「命の水」
[レビュアー] 篠原知存(ライター)
パリのモンマルトルはかつて、ピカソやルノワール、ゴッホ、ユトリロたちが集う芸術家の街だった。彼らが溜まり場にしていたのが「ラパン・アジル」という酒場。いまも営業を続けている。店内には、画家たちが残した数々の絵画が飾られ、当時の空気を伝えているそうだ。
パリの芸術史は〈ラパン・アジルを抜きに語ることはできない〉と言われるほどの場所なのに、日本ではあまり知られていない。そこで著者は取材に通い始めたのだという。
店の歴史をひもとき、なぜ芸術家たちが集まるようになったのか、どうやって伝統が引き継がれてきたのか、などを紹介している。印象的なのは、店のおかげで〈私は命を長らえ、新しい人生と作品へのビジョンを得た〉と記すほどの情熱だ。
有名店の来歴を記したノンフィクションと思って手に取った本書だが、波乱万丈の著者の人生を描くセルフドキュメンタリーでもあった。
幼時のDVやネグレクトによって生きづらさを抱え、仕事机に向かうだけの生活を長年続けて、やっと漫画家として認められ、エッセイや評論を手がけ、テレビ番組にも出演。〈陽の当たる場所にやっと出た〉と思った矢先、膠原病を発症して「五年くらいで寝たきりになるか、最悪命が尽きる」と宣告されてしまう。
次第に手足が動かなくなり、布団から出られなくなった。〈自分はもう価値のない人間だと感じ、死ぬことばかり考えていた〉という。
しかし幸い、回復の兆しがみえてくる。そのタイミングで、いくつもの偶然が重なってラパン・アジルを訪ねることになり、店主との交流が始まる。その後、著者はさまざまな創作活動を意欲的に続けている。
モンマルトルの名店に生きる力を与えられたという彼女の体験は、特別なものかもしれない。でも一読すればきっと、こんな言葉に頷きたくなるはず。〈人生に必須の「命の水」とは芸術や音楽だ〉。