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権力を笑いとばし清々しくありたいと信念を貫き通す若武者
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
この度、隆慶一郎の代表作の一つである『捨て童子・松平忠輝』(上中下巻)が、新潮文庫に収録される事になった。
この作品は「新潟日報」はじめ地方紙十一紙に一九八七年五月二二日から一九八八年十一月十六日まで連載されたものである。
隆は東大仏文科在学中、辰野隆、小林秀雄に師事。編集者を経て、大学助教授を辞任後、本名の池田一朗名義で脚本家として活躍。一九八四年に『吉原御免状』で作家デビューするも、五年の作家活動で急逝。故に当作は最晩年の連載となる。
徳川家康の第六子として生まれた松平忠輝―彼はその容貌から、異形のものとして父親からも恐れられた。捨てられ、“鬼っ子さま”と呼ばれるようになる。
しかし時代は彼を放っておかなかった。
謀略を企む秀忠、執拗に命を狙う柳生―死闘と悲劇を越え、彼は知的で明朗な若武者へと成長していく。
時代の転換点においても臆することなく、権力を笑いとばし、如何なるときも清々しくありたいと、己の信念を貫き通す。決して汚れることのなかった忠輝を、熱く濃く描き切った傑作伝記小説。
鈴木英治『稲妻の剣 徒目付勘兵衛』(光文社文庫)は、御存知勘兵衛シリーズの第五弾。些細な争いから斬り殺してしまったその動機に納得がいかない勘兵衛。その観察眼。徒目付とはよく言ったもので、足で稼いだ捜査は見事。魅力的な登場人物に、“自分の居場所”の大切さを教えてもらった。しかし、如何ともし難い世の不条理に押し潰されそうな時、心に闇が生まれ、人は道を踏み外す。兎に角、大福が食べたい。
火事と喧嘩は江戸の華―堪ったものではない。人の不幸を踏みつけている。田牧大和『紅きゆめみし』(光文社文庫)は、天和の大火の翌年、吉原で「八百屋お七」の霊が出るとの噂話から始まる。江戸指折りの人気女形・荻島清之助は、その正体を探るべく奔走するも、謎が謎を呼び、ホラーか、ミステリーか、人の心の内を読むようで難しい。紅花太夫の妖艶さが哀しい運命を際立たせる。