『移民・難民たちの新世界地図』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『移民・難民たちの新世界地図 ウクライナ発「地殻変動」一〇〇〇日の記録』村山祐介著
[レビュアー] 岡美穂子(歴史学者・東京大准教授)
現場発 命がけの越境
本書は、元新聞記者のジャーナリストである著者が、移民・難民たちが集まる地域の最前線に赴き、どれだけの悲劇をメディアで見聞きしてもリアルに感じられない我々に、渾身(こんしん)の力で実情を伝えんとするノンフィクションである。あたかも小説を読んでいるかのような臨場感を読者に与える筆の力は圧巻である。
読者は難民や移民が命を賭けて国境を越えようとする現実を目の当たりにする。そこでは、政治指導者たちが移民を利用して自らの利益を図ったり、脅威を与えたい他国に混乱をもたらそうとする戦略も指摘される。とはいえ、描写の大半は普通の人々の明るく穏やかな日常が戦争や政治的混乱によって破壊され、移動を余儀なくされる様子で、大きな主語で論じられがちなこの問題に新しい視点をもたらしている。
著者の取材内容は、紛争地の現場に足を運び、直接見聞きした事実であり、ネット記事のように机上で情報を集めるものではない。ウクライナの戦場や、地中海でのボート民救助活動、ポーランドとベラルーシの国境地帯など、危険な現場に直接赴き、命がけで取材を行い、現場の人々の声や姿を文字にする。そこでは日本の平和な日常からは想像もつかない過酷な現実を我々は知ることになる。
人々が愛する故郷を捨て越境する背景には、戦争や独裁、貧困といった厳しい現実がある。世界の歴史上、人間の移動の大半は、明るく希望に満ちたものではなく、基本的には苦難から逃れるための最後に残された手段であった。
昨今、移民にまつわる問題はどの国においても紛糾する政治的問題として扱われがちである。しかし本書を読むと、確執だけではなく、こういった人々に手を差し伸べようとする人たちの存在も知ることができる。時間はかかっても共存する未来は不可能ではないのだ。ともすれば視野狭窄(きょうさく)に陥りがちな現状の中で、一筋の光が見えた気がした。(新潮社、2420円)