『袴田巖と世界一の姉』
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<書評>『袴田巖と世界一の姉 冤罪・袴田事件をめぐる人びとの願い』粟野仁雄 著
[レビュアー] 黒川みどり(静岡大名誉教授)
◆虚像つくり出す経過 詳細に
1966年6月30日、静岡県清水市(現静岡市)の味噌(みそ)製造会社の専務の家が全焼、焼け跡から一家4人の他殺体が見つかり、当時その従業員であった袴田巖に冤罪(えんざい)が着せられた。
本書を読み改めて感じたことは、冤罪事件の性格は各々(おのおの)異なっていても、冤罪のつくり出され方には共通点が多いということである。「自白」のあとに供述に沿って証拠なるものが発見される。まさしく“予断と偏見”によって犯人と思(おぼ)しき人物をつくり出し、長期間の勾留による取り調べで反論の余地なく「自白」を引き出すやり口である。犯人をつくり出す際に標的とされるのは、布川事件の桜井昌司が事件当時「不良」と目され、狭山事件の石川一雄が被差別部落住民であるように、社会的“弱者”が狙い撃ちにされてきた。袴田もまた「ボクサーくずれ」とみなされたことが大きく影響していた。
本書の最大の意義は、事件発生から逮捕、そして「自白」にいたるまでの経過を詳細に伝えることにより、冤罪が疑う余地のないものであることを知らしめていることである。袴田が犯人とされたときの警察の捜査記録に残された人物像はもとより、マスコミもまたさもありなんというようにそれを追認し、悪印象を煽(あお)る報道を行っており、それも狭山事件と酷似している。
袴田と彼を一貫して支えてきた姉ひで子の歩みが述べられていることは、そのような虚像をはね返す意味をもっている。「証拠」が捏造(ねつぞう)であることを明らかにすべく、救援する会事務局長山崎俊樹らの数々の努力が詳細に記されており、なかんずく犯行着衣とされた「5点の衣類」の捏造を暴くべく自ら実験を重ねてきた努力は圧巻というほかない。
再審決定にいたるまでのこのような支援者たちの運動と裁判官・検察とのせめぎ合いの長き道程が描き出されている。その間に袴田は、死刑の恐怖の中で精神を患ってしまった。警察や検察の面子(めんつ)のためにひとりの人生が損なわれてしまったのであり、権力の恐ろしさを突きつけられる。
(花伝社発行、共栄書房発売・1980円)
1956年生まれ。ジャーナリスト。『警察の犯罪』など。
◆もう1冊
『袴田事件 神になるしかなかった男の58年』青柳雄介著(文春新書)