『マザー』
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<書評>『マザー』乃南(のなみ)アサ 著
[レビュアー] 青木千恵(フリーライター・書評家)
◆「母」をめぐる家族の形
「母」とは、どのような存在なのだろうか? 本書は「母」をテーマにした、5編を収める家族小説である。
テレビアニメのような、陽気な3世代家族を支えていたのは母だった。父方の祖父母、両親、兄、姉という家族の末っ子として育ち、独立した岬樹(みさき)が、コロナ禍で遠のいていた実家を4年ぶりに訪ねる「セメタリー」。うつ病の兄と2人で暮らしていた母が亡くなり、一周忌前に兄の再婚を妹の冴子が知る「ワンピース」。夫の死後、1人で暮らす美也子の元に、生活苦に陥った一人娘が孫2人を連れて転がり込んでくる「ビースト」。他に、「エスケープ」「アフェア」の計5編だ。
5編とも全く別の家族を描いており、いずれも「母」が物語の鍵を握っている。「母」の鍵でその家に入ると、読者は視点人物とともに意外な光景を目にし、知らず知らず抱いていた母親像、家族像が崩壊する。子どもが成長して親が老いていく、家族に流れる時間を捉えた短編であるのも5編の特徴だ。家族も「母」も、時の作用で変わる。マンションの管理人、滝本を視点人物にした5編目「アフェア」は、彼が見た一時期のみを描くが、マンションを騒がす出来事の背景には、長い時間が広がっているのだ。
登場する「母」たちは、良妻賢母、笑顔、温かい、といった、理想の母親像とはどうも違うが、確かに「母」である。むしろ理想像よりも現実味があるのは、「母」の仮面に隠されたその人を、物語の力で浮き彫りにしているからだと思う。この状況でどうなるのだろうと引き込まれ、一編一編、ラスト一行まで読ませる。「母」や「家族」の幻想を吹き払う物語の力強さに、溜飲(りゅういん)が下がる。
「母」らしく努めると「当たり前」とされ、型から外れると風当たりが強くなる。「母」といっても一人ひとり違うはずなのに、なぜ「母」であることをまず要求されるのか? コロナ禍、うつ病、熟年離婚などの「今」が、小説に映り込んでいる。「母」を通して現代社会を描いた、優れた家族小説である。
(講談社・1980円)
1960年生まれ。作家。著書『凍える牙』『チーム・オベリベリ』など。
◆もう1冊
『ウツボカズラの夢』乃南アサ著(双葉文庫、電子版あり)。怖い家族小説。