『「絶滅の時代」に抗って』
- 著者
- ミシェル・ナイハウス [著]/的場知之 [訳]
- 出版社
- みすず書房
- ジャンル
- 自然科学/自然科学総記
- ISBN
- 9784622097105
- 発売日
- 2024/07/12
- 価格
- 4,180円(税込)
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『「絶滅の時代」に抗って 愛しき野獣の守り手たち』ミシェル・ナイハウス著
[レビュアー] 遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)
自然保護 率いた「闘争者」
ワシントンのスミソニアン自然史博物館で研究をしていた頃、博物館のシカ駆除収集活動があった。研究者が銃で撃つ標的は、狩猟目的で人為的に放され、定着しているアジア原産のシカだった。他方、収蔵庫に目を移せば、愛好家が獲(と)った毛皮が大量に収められている。典型例は、大統領を務めたセオドア・ルーズベルトのコレクションである。彼はビッグゲームに狂喜する狩猟者だった。米国の博物館や動物学や環境保全の歩みには、つねに狩猟が伴っている。
本作は、種の保存、環境保全を率いた者たちの人物誌である。序盤に登場するのは、かくあるスミソニアンの剥(はく)製(せい)師(し)ウィリアム・テンプル・ホーナデイと、ロザリー・エッジ。自然保護初期の双璧は、狩猟者や狩猟動機と妥協なく対決する、まさに「闘争者」だったことが語られる。
自然保護の先駆者たちは信念の塊とも評されるが、往々にして利己主義者でもあった。ホーナデイは、自身、世界中で動物を撃つハンターだった。ところが、時が経(た)ち種の保存を訴えるようになった彼は、今度は、イタリア人労働者は野生動物を根絶やしに捕食するマングース同然だとか、バイソンをひどく追い詰めたのはアメリカ先住民だなどと、誹(ひ)謗(ぼう)・攻撃した。異国人や異人種を狙って、自然保護の敵だとレッテルを貼る醜悪な差別主義者が、彼の一面なのだ。
読者は知るだろう。近代の環境保全活動は、緻(ち)密(みつ)な科学性や穏やかな愛情に支えられていたのではなく、一種の乱暴者に見境なく先導されていたことを。それは、誠実でも崇高でもない、凝り固まった主観で突っ走る、「闘争者」の狂奔によって推し進められたとさえいえる。
環境保全後発の日本では、こうした「闘争者」が暴れることなく、中央省庁に自治体に海山に、権限としての自然保護がさり気なく現れた。ホーナデイやエッジの力ずくで歪(いびつ)な闘いを綴(つづ)る本書は、最初から綺(き)麗(れい)事(ごと)が並ぶ我が国の環境保全史にある種の偽善や浅薄さを嗅ぎ取るきっかけを、読者にもたらすかもしれない。的場知之訳。(みすず書房、4180円)