『ショートケーキは背中から』平野紗季子著

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ショートケーキは背中から

『ショートケーキは背中から』

著者
平野 紗季子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103557616
発売日
2024/08/29
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『ショートケーキは背中から』平野紗季子著

[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)

天啓の一皿 出会い求め

 ゆっくりゆっくり一口ずつ。食べたらなくなっちゃうから、なるべく口の中に留(とど)まっているように、丁寧に舌と歯で探りながら記憶に落とし込んでいく。時々、そういう食べ物に出会う。まさか、そんな風に読みたくなるエッセイもあったとは。

 フードライターである筆者がさまざまな媒体で書いた、食べ物にまつわるエッセイ。書き下ろしの、ごくごく短い一言を集めた「言いたい放題 食べたい放題 ごはん100点ノート」。調べてびっくりしたお値段の一流ガストロノミーから、街の定食屋さんまで、甘いも辛いも酸っぱいも苦いも、食べて食べて食べて。

 でも食べ物は難しい。私事になるけれど、今レストラン探訪の連載を手掛けている。メキシコ料理の回を書いた時に、「食べたことがないから、読んでも味がわからない」とクレームがついたことがあった。食べたことがないからこそ面白い、と思っていたわたしはびっくりして、それから頭を抱えた。その人が食べたことがある何かに例えることはできる。けれど例えれば例えるほど、わかった気にはなっても、わからない面白さは遠ざかっていく。安心するだけ、確認するだけの食レポの何が面白いものか。

 本書の筆者は「どんな食べものも食べ終えてしまえば、残るのは私たちがシェアする思い出だけだ」と書く。

 食べるというのはどこまでも個人的な経験だ。食べ物は儚(はかな)い。食べる端から消えていく。だから筆者は食べている時の景色や、食べるまでの道や、食べたあとの空気を書き残す。誰もが経験したことがあるはずだ。本当にその時食べたいもの、食べたい味に食べたいタイミングで出会った奇跡のような瞬間。一生で一度かもしれない、天啓のような一皿との出会い。誰かと共有できたからこそ忘れられない味。

 一口ずつ味わうように、一篇(いっぺん)ずつ、読み終わることを惜しみながら読んだ一冊。(新潮社、1870円)

読売新聞
2024年10月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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