『その医療情報は本当か』
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田近亜蘭『その医療情報は本当か』(集英社新書)刊行に寄せて 真実は本当とウソの間の濃淡の中にある
[レビュアー] 田近亜蘭(京都大学大学院医学研究科健康増進・行動学分野准教授)
真実は本当とウソの間の濃淡の中にある
本書のタイトルはいくつかの候補の中から、『その医療情報は本当か』としました。「本当」の意味を『三省堂スーパー大辞林』で調べると、「真実。事実。本物。ほんと。」とあり、対義語は「うそ」と記されています。
この「本当かウソか」の二分法はコインの裏表のように単純で、一方が正しければ、もう一方は必ず間違いであるかのようにとらえられがちです。
たとえば、一時期メディアで有効だと話題になった治療法が、しばらく経つと「〇〇療法はウソ! 」などと真逆の論調で報じられることがしばしばあります。はたして、医療情報において「本当」の対義語は「ウソ」なのでしょうか。
疑わしい情報に接したとき、まず注意しなければならないのは、それが「悪意をもって報じられた可能性がある」のか、または「悪意なく(ときには良かれと思って)報じられたものであっても、事実として間違っている可能性がある」のかを区別することです。
前者は、病気になったときの人間の心理の弱みをついて、意図的に症状や治療の効果などを誇張したり操作したりしているので、「ウソ」と呼んでいいでしょう。本書の第四章で触れる虚偽広告や誇大広告などがこれに該当します。
この悪意ある情報に対しては十分な注意が必要です。ただ、医療広告に関しては法律による禁止事項などの規定があり、ネット上で公開されている資料を読むことで虚偽広告や誇大広告に気づくことが可能です。
やっかいなのは後者です。悪意はなく、絶対に間違っているとまでは言いきれないものの、現時点では正確だとは言えない情報です。
たとえば、ある病気に対して一般的に行われていた治療法が、5年、10年を経て新しいエビデンスが蓄積され、当初ほどの有効性が認められなくなることはよくあります。
医療情報は日々更新されていきます。それがいつの情報か、すでに古くなってはいないかを意識しておかないと、古い情報に振り回されてしまいます。
また、新しくある治療法が開発された際には、追随して有効性を調べる研究が世界中で行われます。それらの研究には、効果があるとするものから、効果はないとするものまでさまざまな報告が含まれます。
しかし、効果が大きいという情報の方が、メディアで取り上げられやすい傾向にあります。そうした目につきやすい刺激的な情報だけを見ていると、真実を見間違うことがあるかもしれません。
そこで、第七章で述べる「強いエビデンス(科学的根拠や証拠)」に基づく情報かどうかが重要となります。
また、ある病気に対して啓発を行いたい場合、第三章の「『うつ病の再発率が60%』は本当か」で触れるように、注意を喚起しようとして、結果的にエビデンスが不明瞭な数字がメディアでひとり歩きすることがあります。これにより、かえって不安をあおるケースは実際によくあるのです。
このケースは「意図的なウソ」ではないけれど、情報の一面しかとらえておらず、「本当」とも言えません。こういった場合、「本当」の対義語は「本当とは言いきれない」となるのではないでしょうか。
本書の執筆開始にあたり、最初に、紹介したい医療情報の具体例のピックアップを試みました。ひとくちに医療情報といっても、わたしの専門領域である精神科の情報のほか、大学院で講義をする行動科学に関する内容、また担当編集者からの提案を含め、前述のように、「悪意のあるウソ」から「悪意のない誤情報」まで、雑多なものが膨大に集まりました。
わたしの京都大学大学院での研究の専門は、世界中の大量の医学文献からエビデンスを収集、確認して評価することです。そして普段から、その研究方法や結果について、できるだけわかりやすいことばで伝えることを心がけています。
それで今回、本書の執筆にチャレンジしたのですが、集めた情報の束を1冊の新書に、さてどのようにまとめていけばいいものやら……。それは困難を極める作業であり、企画時から刊行までは4年余りを要しました。
本書では、進化するヘルスリテラシーと向き合い、本当ではない医療の定説や広告に惑わされないための注意点やコツ、また、ネット上の信頼できる情報源と、それらにアクセスして確かな情報を得る方法などを具体的に紹介しています。
さらに、少し専門的になりますが、医学の研究や治療の現場で用いられる「エビデンスの分類」(レベル1から6まであります)や「診療ガイドライン」(医師向けの診察の手引書)とは何かなどについても、理解してもらいやすいように解説しました。
メディアでみかける「本当orウソ」「めちゃくちゃよく効くorまったく効かない」といった、白か黒かの二分法で表現される情報は、センセーショナルで目を引くかもしれません。
しかし、多くの真実はその両極間の微妙な濃淡の中、極端ではないあたりに存在します。そう、真実はさほど面白くないところにあるのです。
田近亜蘭
たぢか・あらん●京都大学大学院医学研究科健康増進・行動学分野准教授。
医学博士。精神科指導医・専門医。精神保健指定医。京都大学大学院医学研究科博士課程修了。関西医科大学精神神経科・医局長、京都大学医学部附属病院精神科神経科外来医長などを歴任。