<書評>『本の身の上ばなし』出久根達郎 著

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本の身の上ばなし

『本の身の上ばなし』

著者
出久根 達郎 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784480439758
発売日
2024/09/12
価格
968円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『本の身の上ばなし』出久根達郎 著

[レビュアー] 平田俊子(詩人)

◆人と書物の数奇な運命

 俳優・高倉健の著書『あなたに褒められたくて』の話から本書ははじまるが、すぐに福岡県の商家の「主婦」、小田宅子(いえこ)のことに話が移る。学問を好み、歌も詠んだ宅子は、1841年、53歳で伊勢参りに出かけた。その足で善光寺、江戸、京都などをまわり、関所破りも経験しながら5カ月にわたる旅を続けた。10年後、宅子は旅の思い出を『東路(あずまじ)日記』と題して記録した。いろんな意味で驚かされる女性だが、高倉健の先祖だと最後に明かされて納得した。大変なご先祖が健さんにはいたものだ。

 夢野久作の父・杉山茂丸(政界の黒幕的存在)の著書『英国小説 盲目の翻訳』も気にかかる。上京する汽車の中で出会った英国帰りの旧友が、杉山に話して聞かせた英国の小説。政治小説でありつつ趣向は探偵小説のこの話が抜群に面白いので杉山は本にした。原作とは無関係のタイトルのこの本の成立に夢野も関わったのではないかと著者は推測する。

 本書は2019年10月から翌年10月までの日本経済新聞の連載を文庫化したもの。南伸坊のイラストとともに、本と人を巡る56話が収められている。大家族を養うために純文学をあきらめ、『右門捕物帖』『旗本退屈男』などの大衆小説を書いて37歳で亡くなった佐々木味津三(みつぞう)や、本腰を入れて小説家になろうとした矢先に亡くなった井上ひさしの父の話なども心に沁(し)みる。

 こんな生き方をした人がいたのか、こんな本が過去にあったのかという発見が随所にある。読みたくなる本も多いが、入手困難なものがほとんどのようだ。人の命と同じように、本にも寿命はある。地上から消えた本の、何と夥(おびただ)しいことか。

 本書の冒頭に「書物にも数奇な運命がある」「本の身の上は、本にかかわる人の物語でもある」と記されているが、まさにそう痛感しながら読み終えた。それぞれの本に時代背景があり、個人の歴史がある。

 昔から今に至るまで人は書き、これからも書いていくのだろう。書くことの魔力に抗(あらが)えないまま。

(ちくま文庫・968円)

1944年生まれ。作家。『佃島ふたり書房』で直木賞。『短篇集 半分コ』など。

◆もう1冊

『本の栞にぶら下がる』斎藤真理子著(岩波書店)

中日新聞 東京新聞
2024年10月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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