『わたしの知る花』
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主人公・平さんはダメンズか 満足度の高い人生を送ったか
[レビュアー] 井上理津子(フリーライター)
いるいる、こういう人いる。と、まず思った。公園のベンチに腰かけ、ぼんやりと空を見上げたり、周辺の木々を仰ぎ見たりして時間を過ごすおじいさん。身なりは、全体に少々くたびれていて、仏頂面。80歳くらいか。
そう、全国どこの公園にも一人か二人はいそうな老男性がこの物語の主役だ。少し特徴的なのは、顔立ちにイケメンの名残があることと、首から掛けた画板の上にノートを広げ、数多の文章と絵を描き連ねていること。
はて、何をお描きなのだろう。この人はいったい何者なのだろう。私とて声をかけたくなるが、老男性に興味を持った、物語の進行役、女子高校生の安珠が「プロの画家とかですか?」と聞いてくれる。首が横に振られる。二人のそんな出会いから始まって、小さな町のため、ひょんなことから、77歳の安珠の祖母が「わたしの、昔馴染だよ」。葛城平という名前だと判明する。
「あいつのことが知りたいんなら、いつか話してやるよ」と祖母は言うが、「今は話したくない」オーラを飛ばすから、よけいに知りたくなるというものだ。しかし、数度会ったのち、平さんは亡くなった。
5章立ての連作短編集だ。1章ごとで完結するのに、見事に繋がっているのは、群像劇の名手“町田そのこマジック”ゆえか。遺品から平さんの過去を調べる安珠と二人羽織の心境で読んだ。
平さんの住んでいたアパートの心優しき大家さん夫妻、若き日の恋人、8年前の自分の日記を平さんに預けた介護ヘルパーら10人以上の人生が浮かび上がり、同時にその人たちの目線を通して、平さんの波乱万丈の人生が明かされていく。
中学3年のときに辛すぎる経験をしていた。異父妹が11歳の誕生日の早朝に火事で亡くなり、彼女が欲しがっていた花束を渡すことができず自責の念に駆られ続けていたのだ。中卒後に就職した工場で、酷いいじめにあって退職。その後はまるでダメンズに。女性のヒモ的な暮らしが長かった。もっとも、やるときはやる。自分と別れて裕福な家に嫁いだ元恋人が、その家から逃げ出すことを切望していると知り、「犯罪を犯してでも、彼女を救い出す」行動に出たのはなぜか。長年、ノートに文章と絵を描き続けているのはなぜか。
舞台である地方の町の空気と匂い、一人ずつ違う「幸せ感」のリアル、平さんが口にしたこととしなかったこと。それらが相まって、読後感はやや切ない。しかし、平さんが愛おしくなり、従前の常識的価値観を問い直されるのは私だけではないと思う。