『メメント・モモ』
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育てた子豚を〈食肉としての再生〉まで見つめ続ける勇気
[レビュアー] 都築響一(編集者)
八島良子さんと知り合ったのはもう10年近く前。美術大学を卒業したばかりだった彼女は先端的な映像表現を志向していたが、2017年に瀬戸内海の離島・百島に移住。周囲12キロ、人口500人を割る小さな島でアートセンターの運営を手伝っているうちに「モモ」と名づけた子豚を飼いはじめた。1年間の飼育を経て屠畜し、その肉を食べるまでのプロセスを記した記録が『メメント・モモ』である。
信号機もコンビニもない、放棄された空き家の数が100を超える小島に暮らしながら、八島さんは母豚の交配からモモの誕生、成長、屠畜、解体・精肉、そして豚肉として食べるまでのすべてを記録してきた。自分の口に入る食料を自分でつくり育て、自分で屠って、自分の血肉とする―言葉にしたらこれほど根源的でシンプルな行為が、どれほどの困難を伴うことになるのかを、予想をはるかに超えたレベルで八島さんはたっぷり味わうことになる。自分の家畜を自分で殺し、食べ、ひとに分け与えるだけのことに、こんなふうに行政レベルでの介入があること。「青臭い理想の先に待ち構えていた不条理」と本人が記すように、それがそのまま矛盾に満ちた現代社会の写し絵になる。
家畜をテーマにした現代美術作品はたくさんあるけれど、そのほとんどは食肉文化をめぐる社会批判だったり、人間の持つ残酷性の表現だったりする。でも本書には、豚という生命の愛らしさに酔い、獣としてのエネルギーに脅え怒り、さまざまな体験を経ていきながら、みずから屠畜、解体までをこなし、最終的に食することでからだの一部とする―そんなふうに文字どおり寄り添う表現を貫いたアーティストの、誕生から死と(食肉としての)再生までを見つめ続ける勇気がギュッと押し込められている。そしてもちろん、アートとは「青臭い理想」にこだわり続ける行為なのだから。