『シェイクスピア「もの」語り』
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世界で一番有名なハンカチ
[レビュアー] 北村薫(作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「贈り物」です
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もう、六十年以上前のこと、イタリア・オペラ一行が日本公演を行い、NHKで中継され、大きな話題になりました。テレビを買ったばかりのわが家でも、チャンネルをあわせました。観たのは『オテロ』。勿論、原作はシェイクスピアの『オセロー』。小学生だったわたしの心に、登場人物の運命を左右するハンカチの印象が強く残りました。
主人公は若い妻に、贈ったハンカチを出して見せろと、何度も迫ります。そこには、主人公をおとしいれようとする者によって仕組まれた、罠があるのです。
松岡和子の『シェイクスピア「もの」語り』は、シェイクスピアの劇に登場するさまざまな「もの」を素材に――例えば『リア王』の「地図」、『ジュリアス・シーザー』の「遺書」、あるいは『ヘンリー五世』の「テニスボール」などを通して作品にせまる好著です。
『オセロー』については、
世界で一番有名なハンカチ、古今東西最も罪作りなハンカチ――そう言ってもどこからも文句は出ないだろう。
と、語り出されます。シェイクスピアが元にした話のハンカチは〈どんな模様でどんな色〉か分からないのに、劇ではそれが〈イチゴの縫い取り〉になっていることも教えてもらえます。
このハンカチが子供だったわたしの心に刻まれたのも、贈り物とは「物」である以上に、「心」そのものだと分かったからでしょう。