『ヴェルサイユの祝祭』
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『ヴェルサイユの祝祭 太陽王のバレエとオペラ』小穴晶子著
[レビュアー] 小池寿子(美術史家・国学院大客員教授)
仏オペラ成立への「舞台」
絢爛(けんらん)豪華なヴェルサイユ宮殿。日本人にもよく知られるこの宮殿は、ブルボン朝の国王が100年余をかけて造営したバロック建築の粋であり、ロココ時代にかけてヨーロッパ宮殿の手本となった。パリの南西、風光明(めい)媚(び)な森の狩猟小屋を城館に改築、やがて宮殿として造営したルイ14世は、狩猟ばかりでなく「太陽王」として自らバレエを踊り、フランス・オペラ成立への道を拓(ひら)いた。
この宮殿で最初に催された〈魔法の島の喜び〉は、音楽、コメディ・バレエ、パレード、宴会が1週間続く祝祭であった。なぜルイ14世は、この狩猟小屋を大改造してフランス中央集権の権化となる宮殿とし、自ら踊ったのだろうか。本書は、この宮殿で繰り広げられた壮麗なスペクタクルの数々を政治的背景をも含めて解き明かしてくれる。
華麗で魅惑的な旋律、美しいフランス語を特徴とするフランス・オペラは、16世紀にフィレンツェの宮廷で開花したオペラに起源をもつ。ついでフランス語の詩に音楽をつける方法を編み出した宮廷歌謡、さらに、舞曲の作曲法や組み合わせ方を示した宮廷バレエ、演劇に音楽やバレエを組み込むコメディ・バレエを経て、フランス語の台本に一貫して音楽をつけるフランス・バロック・オペラが成立したという。
この過程で大きな役割を果たしたのが本書の案内人、フィレンツェ出身のリュリである。彼は音楽と踊りの才を見込まれてフランスに連れて行かれ、オルレアン家の「大姫君」マリー・ルイーズの寵(ちょう)愛(あい)にはじまり、イタリア人でフランス絶対王政を確立した政治家マザランの音楽家招(しょう)聘(へい)策に乗って、表舞台に躍り出た。モリエールとヴェルサイユの祝祭に大いに関わったリュリは、オペラ座の音楽監督に登りつめるのだが、指揮棒を足に突き刺した傷が元で死んでしまう。
ルイ14世が踊った主要なバレエのタイトルと役の一覧、リュリ作曲「アルセスト」「アルミード」などの丁寧な解説は読み応えがあり、舞台や衣(い)裳(しょう)、美術の挿図は総合芸術の殿堂へと誘ってくれる。(春秋社、2970円)