『誰もが別れる一日』
- 著者
- ソ・ユミ [著]/金 みんじょん [訳]/宮里 綾羽 [訳]
- 出版社
- 明石書店
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784750358086
- 発売日
- 2024/09/09
- 価格
- 1,870円(税込)
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『誰もが別れる一日』ソ・ユミ著
[レビュアー] 尾崎世界観(ミュージシャン・作家)
言葉にしない声 すくう
ハン・ガンさんのノーベル文学賞受賞で、韓国文学がさらなる注目を集めている。
本作は六つの物語からなる短編集だ。性別も年齢も立場もバラバラの主人公たちは、それぞれ何かに縛られている。彼らはそんな毎日の中で、必死にもがいたり諦めたりしながら、独特の息苦しさを放つ。どの登場人物も決して幸せそうではないのに、その後ろ向きな前向きさが読んでいてやけにしっくりくる。
言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。家族や友人、恋人と揉(も)めた際、こんなことを言われた記憶が誰にでもあるだろう。最初からそれが言えたら苦労はしないし、言ったって仕方がないから言わないだけだ。そう思いながら、でもそれすらも、言わない。この小説にはその「言わない」がとても生き生きと書かれている。
どうして何も言わないのか。その理由を深く知れるのも、読書の魅力の一つだと思っている。手紙も同じように読むことができるけれど、直接的でやや伝わり過ぎてしまう。声にすれば壊れてしまうものを、適度な距離を取って確かめられる。それこそが本を読む醍(だい)醐(ご)味なのではないか。
箱の中で潰れたかもしれない大切なケーキ、べとべとの手と化(か)膿(のう)して血がついた犬の赤い鼻、割れた携帯電話の画面に触れた時のザラつき、失(な)くしたイヤリングと不親切なホテルの女性従業員、番号で呼ばれているサウナの住人とのうすっぺらい交流、やっと手に入れた自分だけの部屋で読むたった一ページ。
明日を前借りして今日をやり過ごす。そんなギリギリの暮らしの中で、明日がなくなれば今度は明(あ)後(さっ)日(て)を前借りする。彼らはただだまっているわけではない。社会の地べたにこびりついた小さな声が、石のように硬くて重い文章を通して、はっきりと聞こえてくる。金みんじょん、宮里綾羽訳。(明石書店、1870円)