<書評>『救出の距離』サマンタ・シュウェブリン 著

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救出の距離

『救出の距離』

著者
サマンタ・シュウェブリン [著]/宮﨑真紀 [訳]
出版社
国書刊行会
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784336076335
発売日
2024/09/25
価格
3,300円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『救出の距離』サマンタ・シュウェブリン 著

[レビュアー] 越川芳明(アメリカ文学者)

◆農村呪う「謎」迫るサスペンス

 一種の「心理スリラー」ともいえるこの小説は、全編に不穏な雰囲気をただよわせている。

 「わたし」は、アマンダという都会の女性で、いまだに動物の縫いぐるみが手放せない幼児と一緒に、大豆畑が広がるのどかな農村にバカンスにやってくる。

 通常サスペンス・ドラマというのは、最後に「犯人」がわかり、犯罪のタネあかしがなされる。いくら不可思議な出来事が世界にあふれていようとも、一つひとつの事件は、人間の知恵や科学的な捜査によって解決される。

 しかし、現実はどうであろう。

 この小説で、「わたし」は「謎」の有害物質に触れたらしく、田舎の救急診療所に運ばれ、薄れゆく意識のなかで数日間の出来事を回想している。形式的に見れば、せん妄状態に陥った「わたし」と、「わたし」が見るダビ(9歳ぐらいの少年)の幻覚らしきものとの会話からなりたつ。

 ダビは地元の農場で経理担当として働く女性カルラの子だ。「わたし」がカルラから聞いた話によれば、ダビは6年前に汚染された小川の水に触れたために瀕死(ひんし)の状態に陥り、そのときは命拾いしたものの、頰や口のまわり、体じゅうに染みなどの障害が残ったという。

 しかし、不穏なのは、ベッドに横たわる「わたし」に向かって、「虫を、虫に似たものを見つけて、そいつらが最初にきみの体に入りこんだのはいつか、正確につきとめなきゃならない」と語る、少年の大人びた口調のほうだ。

 「わたし」はこの村で障害や奇形を抱えた大勢の子どもたちを目撃するが、果たしてダビが言う「この十年間、村を呪いつづけてきたもの」とは何なのか? 

 この小説はエドガー・アラン・ポウ以来の恐怖(ゴシック)小説の伝統にのっとり、「わたし」というあやふやな視点(「信頼できない語り手」)を最後まで貫きとおす。そうすることで、農薬や除草剤が人間や動物にもたらす脅威を、未解決のサスペンス小説に仕立てた傑作である。

(宮﨑真紀訳、国書刊行会・3300円)

1978年、アルゼンチン生まれ。現代スペイン語圏文学で注目の作家。

◆もう1冊

『雌犬』ピラール・キンタナ著、村岡直子訳(国書刊行会)。コロンビアの女性作家の小説。

中日新聞 東京新聞
2024年10月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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