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旅行家、歴史家、民族学者のポーランド貴族が紡いだ〈伝説の怪異譚〉、邦訳完結
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
ポーランド文学者工藤幸雄が翻訳を手がけた『サラゴサ手稿』が完結した。
「手稿」すなわち手書きの原稿で、捕虜が所持していたエスパーニャ語の文書には、近衛隊の若き隊長がスペイン南部の山中で見聞きした不思議な話の数々が記されていた。
恋あり、冒険あり、怪異現象あり。ある人物が語る話のなかに別の人間から聞いた話が入ってきて、時々話を見失いそうになるが、いいところで邪魔が入って話が翌日に持ち越されるので、最後まで飽きずに読ませる。
著者のヤン・ポトツキは八カ国語をあやつるポーランド(現ウクライナ領ピクフ)の貴族で、旅行家、歴史家、民族学者という。フランス語で書かれた本書は当初、作者の名前を伏せて発表されたこともあり、盗作や剽窃が多く生まれ、異本も多いそう。今回の工藤訳は全部で六十六日分の物語が収められている。
キリスト教徒がイスラム教徒の美人姉妹に出会い改宗を迫られる場面が出てきたりするのだが、異文化・異教徒への偏見がびっくりするぐらいなく、真の国際人とはこういうものかと思わされる。
人から聞いた話という形式を使って虚実のあいまを縫うように面白く物語を展開するのが、岡本綺堂『三浦老人昔話』(中公文庫)である。
「三浦老人」は、かの『半七捕物帳』の岡っ引き半七親分の友人、という設定である。『半七捕物帳』の作者であるところの「わたし」が、東京・大久保にひっそり暮らす彼の家を訪ねると、聞き手を得た老人が旧幕時代に見聞した奇譚をあれこれ語って聞かせる。
「半七老人は実在の人か」という問い合わせをしばしば受けると『江戸に欠かせぬ創作ばなし』(河出文庫)に収めたエッセイで綺堂が書いている。そんなことになるのも、こうした凝った仕掛けのせいではないか。
同じ本に、「十五、六歳の頃より自分が見聞した事どもを、手当り次第に手帳に記して置く」習慣があった、という話も出てくるので、「三浦老人」は綺堂自身なのかもしれない。