『第三の男』
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考えてみれば、われわれはみんな哀れである
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「葬列」です
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葬儀の列に並んでいるのは、知りあい同士とは限らない。
それどころか、お墓にいる肝心の故人が「本人」かどうかさえひょっとすると定かではないのだ。
グレアム・グリーンの『第三の男』(小津次郎訳)の面白さはそんな設定の妙にある。そしてまた、わが国のように「お骨」にするのではなく遺体をそのまま埋める彼の国では、いざとなれば、お墓を掘り返して正体を確かめるという大ごとになる。
親友のお葬式に出たはずが、そんなてんやわんやに巻き込まれた男の姿をとおして、第二次大戦後、見る影もなく没落した古都ウィーンの悲哀を鮮やかに描き出すところにグリーンの手だれのわざがある。
四ヵ国の共同管理下、怪しげな人物が跳梁跋扈する雰囲気がリアルなのも、自身英国情報部とつながりのあった作者ならではだ。
最初と最後の舞台がウィーンの広大な中央墓地。「考えてみれば、われわれはみんな哀れである」という結びの言葉が全編をみごとにしめくくる。
映画版との違いは多々あるが、共通するのは犯罪に手を染めたかつての恋人に対するアンナの変わらぬ想いだ。ソ連の憲兵に連行されてもなお男を守ろうとする彼女は、過去を捨て去ることのできない一徹なまでの純真さを具現する。同時期に犯罪小説や映画で大流行した「魔性の女」ものとはベクトルが正反対を向いている点に『第三の男』独自の魅力がある。