『シャルル・フーリエの新世界』
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『シャルル・フーリエの新世界』福島知己編
[レビュアー] 郷原佳以(仏文学者・東京大教授)
閉塞打破へ いかに読むか
こんなに女性の快楽のことを考えていた男性思想家が18世紀から19世紀の西洋に存在したのか。いや、そもそも快楽をこれほど中心的な課題に据えた西洋の思想家が存在したのか。快楽をもたらすのは性愛と食である。もちろん、空腹が満たされればよいというような欲求ではない。大事なのは幸福だ。幸福を可能にするのは「情念引力」に基づいて形成される共同体である。大勢で共同生活を営み、誰もが自分の好みの家事や仕事を請け負えば、無駄は抑えられ、生産力は文明の四倍、労働には快さしかなくなる。適した産業は農業だ。農業共同体にはそれに相(ふ)応(さわ)しい建築物が必要である。そこで営まれる性愛は、男性が女性を所有する単婚ではなく、集団的な恋愛、「天使の結合」だ。そんな「調和世界」を構想した思想家と弟子たちがいた!
その思想家とは、マルクス=エンゲルスらを通して「空想的社会主義者」として知られながら、奇矯な学説とみなされて十分な検討対象となってこなかったフランスのシャルル・フーリエである。近年、その遺稿『愛の新世界』や主著『産業の新世界』を翻訳し、フーリエの再導入を推し進める福島知己のおかげで、ここに最強の布陣が整った。まずは、経済、「情念運動」、アソシエーション、食、建築、結婚といった観点からフーリエの「新世界」構想が徐々に詳(つまび)らかにされる。ここでは「フーリエ主義」のイメージに惑わされず、フーリエを直接読むことが重視される。次に、レーモン・クノー、ピエール・クロソウスキーといった20世紀の作家たちがいかにフーリエを読んだかが明らかにされる。最後に、現代においていかにフーリエを読むかという問いに詩人や科学者、アーティストが未来に向けて思考を展開する。フーリエ思想が閉(へい)塞(そく)した現実を解放するための構想である以上、最後のパートは決定的に重要だ。
いま私は、20世紀の一部の作家が符(ふ)牒(ちょう)のようにフーリエに触れていたにもかかわらず、この思想家に注目してこなかったことを反省している。これからさらにフーリエの読解が進むことを願う。(水声社、7700円)