『モノ』
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『モノ』小野寺史宜著
[レビュアー] 遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)
かわいい乗り物の物語
「日本初のモノレール小説」という帯の文言に大笑いしながら手に取った。この乗り物、不思議だ。マニアでなくても普通の電車と違うことにはすぐ気づく。立派な輸送機関ではあるのだが、どちらかといえば遊園地のアトラクションが思い浮かぶ。社会を支える交通インフラと認識する以前に、多くの利用者はまず思う、「かわいい」と。車両もかわいいのだが、読者の多くは、経営している会社まで「かわいい」のではないかと勘繰って、頁(ページ)をめくるに違いない。
1960年ごろの交通や鉄道の図鑑では、未来の都市交通の主役だった。地表を車が走り、地面の下を地下鉄が走る。そして、空いた頭上の空間を占めるのがモノレールだ。渋滞解消と低コストを切り札に脚光を浴びた。残念ながらその後の史実はモノレールに厳しく、あまり広まっていない。だが、モノレールが醸し出す未来性、一種のSFっぽさはいまも輝いている。試験的に遊園地や動物園に絡んで開業することがあり、またいくつもの路線が寂しく消えていったことも、郷愁を呼ぶ要因だろう。
そんなモノレールが、著者の軽妙な筆で素敵な物語空間を走る。描かれるのは、都心と羽田空港を結ぶ現実のモノレールと、町、そして人だ。総務、運転、駅務、保線と、モノレール会社の各現場から人物が現れて、章を成す。実は、当該の会社を題材にテレビドラマをつくる企画が持ち上がっているという設定である。
各話の主人公がモノレールの傍らで人に会い、人を想(おも)う。中学時代の同級生、地方から出てきた伯母、車内に忘れ物をした外国人、亡くなった母親……。人の交差点のような運輸業の二十四時間が魅力的だ。
気がついた。モノレールに苦悩や悲哀は似合わない。「かわいい」乗り物を動かす職員たちの明るさが、物語を包む。本作、万人にお勧めである。空の旅に出るときに、鞄(かばん)にぽんと入れていこうか。(実業之日本社、1870円)