『イッツ・ダ・ボム』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
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『禁忌の子』
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『イッツ・ダ・ボム』井上先斗著/『禁忌の子』山口未桜著
[レビュアー] 宮部みゆき(作家)
ミステリーに若き才能
一九〇九年生まれの松本清張と、一九一九年生まれの鮎川哲也。ほぼ同時代を生き抜いたミステリー界の二人の巨人だ。そして現在、それぞれの名前を冠した公募の長編小説新人賞が凄(すご)いことになっている。松本清張賞からは『第三の時効』『クライマーズ・ハイ』の横山秀夫や、山本兼一、葉室麟、青山文平の本格歴史小説直木賞作家、八(や)咫(た)烏(がらす)シリーズ『烏は主(あるじ)を選ばない』で大ブレイクの阿部智里など、鮎川哲也賞からは「警視庁殺人分析班」をはじめとする警察小説シリーズの麻見和史、日本中のミステリーファンを驚かせた『屍(し)人(じん)荘(そう)の殺人』の今村昌弘、近年の超話題作で直木賞の候補になった『地雷グリコ』の青崎有吾など、個性豊かな実力派作家を輩出しているのだ。
そんな二つの賞が、今年もまたやってくれた。まず第31回松本清張賞受賞作は『イッツ・ダ・ボム』。カタカナのタイトルの意味は、読めばわかります。グラフィティアート(路上の落書き芸術。いちばん有名なのがあのバンクシー)の世界を舞台に、前半は「ブラックロータス」という謎のグラフィティライターの活動を追うルポ仕立てで、後半は二人のグラフィティライターの対決(書くバトル!)ドラマでぐいぐい読ませる。著者は三十歳。愛読してきたミステリーが倍以上も歳(とし)をくっている私の好みとほとんど同じで驚いた。この若々しくも落ち着き払ったネオ・ハードボイルドの文体からして、人生二周目に違いない。一方、第34回鮎川哲也賞の受賞作は『禁忌の子』。現役の医師による端正な医療&本格ミステリーだ。救急医である主人公が自身と瓜(うり)二つの溺死体と出くわし、その正体を調べ始めると、謎の鍵を握る人物が密室で死体となって発見されて――。おお、イッツ・ザ・ミステリー! 医学用語が飛び交う緊迫したストーリー展開に、会話にまじる関西弁が滋味を添えている。寝不足必至なので、休日の一気読みをお勧めします。(文芸春秋、1650円/東京創元社、1870円)