『翻訳をジェンダーする』
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『翻訳をジェンダーする』古川弘子著
[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)
女ことば 不思議に迫る
わたくし、確かに今まで不思議に思っていましたのよ。翻訳小説の中の女性たちって、とっても優雅で丁寧な言葉をお話しになっていらっしゃるの。そりゃね、見ただけで誰が喋(しゃべ)っているのかわかったら、ずいぶん読む人に親切だとは思いますわ。でも、わたくしたち、現実でこんな話し方、していまして? なんだか不思議じゃありませんこと?
その不思議を紐(ひも)解(と)くのが本書の第一章。
翻訳小説の中の女性を、現実や日本語の小説の中の女性と、また翻訳者が男性だった場合、女性だった場合とで比較する。
実は本来、女ことばというものはなかったそうだ。女性は慎(つつ)ましく、抑制が効いて上品、おとなしい方が好ましい、という考え方が女ことばを生み、いつしか逆に言葉がわたしたちを縛るようになったのかもしれない。言葉は現実から小説だけでなく、小説から現実にも作用する。
第二章では一九七〇年にアメリカで発行され、その四年後に日本でも翻訳された『女のからだ』を取りあげる。三人の女性が訳したこの本は様々な意味で画期的であった。女性の身体は女性のもの、今でこそ当たり前の考えがまだ希薄だった時代。翻訳者たちは時に女ことばを使わず、後書きや前書きで補足や補強をし、女性が自分自身の人生を生きるための後押しをした。
第三章ではこれからの翻訳を考える。例えば、本来のわたしたちの言葉を用いること。ネガティブな漢字が使われることの多い性器を中立な名前で呼ぶこと。そして性別を限定しない「インクルーシブな代名詞」を考えること。
「翻訳には、新しい概念を作ったり、埋もれていた問題を『見える化』したり、声を上げられなかった人々の声を『聞こえる化』したりして新しい社会を作っていく力」があるという。誰もが生きやすい社会を目指していく上で、何気なく使っている言葉の力を考え直す重要性を教えてくれた一冊だった。(ちくまプリマー新書、990円)