『生誕100年 安部公房 21世紀文学の基軸』
- 著者
- 県立神奈川近代文学館 [編集]/公益財団法人神奈川文学振興会 [編集]
- 出版社
- 平凡社
- ジャンル
- 文学/日本文学総記
- ISBN
- 9784582207378
- 発売日
- 2024/10/22
- 価格
- 3,300円(税込)
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『生誕100年 安部公房 21世紀文学の基軸』県立神奈川近代文学館 公益財団法人神奈川文学振興会編
[レビュアー] 鵜飼哲夫(読売新聞編集委員)
マルチな歩みを追体験
紙とペンがあればできる小説の世界で、いち早くワープロを使った安部公房は、戯曲、映画のシナリオ、舞台演出も手がけた。世界で読まれた『砂の女』をはじめ、『他人の顔』『燃えつきた地図』は自らの脚本で映画化している。
そのマルチな仕事に、生原稿や本の装(そう)幀(てい)、装画や舞台美術、これを担当した妻、真知との写真、愛用品などで迫る「安部公房展」(12月8日まで)が神奈川近代文学館で開かれている。川上弘美、多和田葉子、中村文則、鷲田清一ら9氏のエッセーも収録した公式図録の本書は、20世紀末に亡くなった作家を「21世紀文学の基軸」と位置づける。巻頭論文で三浦雅士氏が「インターネットを予告した作家」と書くように、安部が時代を先駆けた前衛だったからだ。
その背後には、東京で生まれ、満州(現中国東北部)で育った安部が無政府状態になった外地で敗戦を迎えた体験があった。自明の世界が揺らぎ、常識があっけなく壊れるさまを目にした安部は戦後、名前に逃げられた男の不条理を描く「壁――S・カルマ氏の犯罪」で芥川賞、ステレオタイプな見方を生む人間の意識=言語の謎を問い続けた。
「よく『言葉じゃ言い切れない』というけど、じゃあ、何で言い切るんだ」と生前語った安部が映像表現に求めたのは「既成の言語体系に挑戦し、言語を活性化すること」だった。そして「鉛の卵」などSFで計り知れない未来を描いたのも常識からの自由を求めたからではないのか。作家の歩みを追体験するとそう感じる。
亡くなる2年前1991年6月の本紙インタビューで安部は、冷戦終結後の世界について「これからは、人種の争いになる」とし、それは思想戦より「もっと深くて、もっと怖い」と評者に語っていた。歴史は作家の慧(けい)眼(がん)を証明している。ウクライナ戦争、パレスチナ自治区のガザでの戦闘を目にしたら何と言うだろうか。(平凡社、3300円)