算数の天才が間違えてしまう問題を出す少女の正体とは? 児童ミステリー『やらなくてもいい宿題』などオススメの小説8本
レビュー
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ニューエンタメ書評
[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)
日本画の復元模写という作業に若い青春をぶつけていく瑞々しいデビュー作の新人から、中堅作家の高水準のミステリ連作まで、文芸評論家・細谷正充がおすすめのエンタメ小説8冊を紹介。
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まず新人のデビュー作から始めよう。愛野史香の『あの日の風を描く』(角川春樹事務所)は、第十六回角川春樹小説賞受賞作。近年、歴史時代小説の受賞が続いていたが、本書は現代の京都を舞台にした青春小説である。
京楽造形芸術大学の油画科を休学中の稲葉真は、従兄で奥村美術研究所の職員の凜太郎に声をかけられ、江戸時代の襖絵の復元模写制作を手伝うことになった。他のメンバーは、留学生の蔡麗華と、院生の土師俊介。休学する原因となったある出来事により自信を無くしていた真。また、五年前に中国で石窟壁画調査中の事故で亡くなった、古典模写制作者だった父親に、複雑な思いを抱いている。しかし他の二人と働くうちに真は、復元模写制作にのめり込んでいくのだった。
一度は挫折した若者が、ある体験を経て、再び前を向くようになる。青春小説の古典的なパターンだ。しかし真の体験に、復元模写制作を持ってきたことで、新鮮な物語になっている。絵の欠けた部分のある襖絵を、いかに復元するのか。さまざまな調査と閃き、柔軟な感性など、ありとあらゆるものを駆使して、元の襖絵に迫っていく。その過程がスリリングな読みどころとなっていた。また、襖絵の作者の設定も面白い。虚実の狭間を縫う手際は、新人離れしている。今後の活躍を大いに期待したい。
新人のデビュー作をもうひとつ。第二回黒猫ミステリー賞を受賞した、小寺無人の『アガシラと黒塗りの村』(産業編集センター)だ。本の帯に「民俗学ミステリー」とあるが、昔ならば伝奇ミステリーと呼ばれたことだろう。いやまあ、そんなジャンルのレッテルなど、どうでもいい。肝心なのは内容である。
古文書オタクの黒木鉄生は、大学時代の友人・八重垣志紀に頼まれ、彼が婿入りした素封家のある村を訪れた。発見された「沼神文書」と呼ばれる古文書を解読してほしいというのだ。しかし村では、セイタカ様と呼ばれる巨大な地蔵の前で、議会議員の息子が殺された。被害者は志紀の義妹になる八重垣咲良に付きまとっていたらしい。さらに、咲良の幼馴染も首を吊った状態で発見される。古文書の解読を進める鉄生だが、事件にもかかわり、しだいに村の秘密に近づいていくのだった。
村の歴史に隠された秘密が、現在の殺人事件に繋がっていく。一九八〇年代に、よく読んだタイプの作品だ。しかしキャラクターなどに現代的なアップデートがあり、楽しくページを捲ることができた。ある人物の意外な使い方も宜しい。ただし、口承文芸研究家の安井章は、もっと主人公たちと絡ませた方がよかっただろう。終盤まで読むと、彼を登場させる必要性が分かるのだが、やはり展開に唐突感がある。という、ちょっとした不満も感じたが、新人の作品と思えば、文句をつけるほどではない。民俗学ミステリーの可能性はまだまだ大きいので、この路線を突っ走ってほしいものだ。
さて、新人はこれくらいにして、活躍中の作家の作品にも目を向けたい。斜線堂有紀の『ミステリ・トランスミッター 謎解きはメッセージの中に』(双葉社)は、五作を収録したミステリー短篇集。高水準の作品が並んでいるが、特に凄いのが「妹の夫」と「ゴールデンレコード収録物選定会議予選委員会」だ。「妹の夫」は、SFで始まり、ミステリーとなり、コミュニケーションの問題へと移行し、ヒューマンドラマとして着地する。SFでは手垢のついたウラシマ効果など、ひとつひとつの要素に尖ったものはない。しかしそれを巧みに組み合わせ、独創的な物語にしているのだ。一方、「ゴールデン~」は設定にぶっ飛ぶ。何をどうすれば、こんな設定を思いつくのだ。唖然茫然の快作にして怪作である。この二作を読むためだけに、本書を買う価値があると断言しておく。
宮部みゆきの『気の毒ばたらき きたきた捕物帖』(PHP研究所)は、人気シリーズの第三弾だ。このシリーズ、第一弾は四作、第二弾は三作と、巻を追うごとに収録作が減っている。ということで本書は「気の毒ばたらき」「化け物屋敷」の二篇が収録されている。どちらも短めの長篇といっていい長さがあり、読みごたえは抜群。岡っ引きの見習いで、亡き親分の本業だった文庫売り(本や小間物を入れる箱を売る商売)もしている北一と、おんぼろ湯屋の釜焚きをしている喜多次。ふたりの若者が躍動する。
「気の毒ばたらき」では、亡き親分の本業を受け継いだ夫婦との因縁に、一応の決着がつく。「化け物屋敷」では、他の作品で触れられていた事件の真相が明らかになる。シリーズのファン、作者のファンならば、見逃せない内容だ。また、人間の悪意を、さまざまな“毒”として表現しているところも、この作者らしい。
武川佑の『円かなる大地』(講談社)は、戦国時代のアイヌを題材にした渾身作だ。悪党と呼ばれるアイヌのシラウキは、曲折を経て熊に襲われた少女を助けた。少女は、「夷嶋守護」である蠣崎季廣の娘の稲姫である。このことで蠣崎の居城に招かれたシラウキだが、和人とアイヌの戦の切っかけになってしまう。また、人質になった稲姫は、アイヌの置かれた現実を知り、心を痛める。
このようなストーリーの間に、シラウキの過去が挟まる。和人の少年たちとの「和人もアイヌもどちらも偉くない国を作ろう」という希望に満ちた誓いが、いかに潰えていったのか克明に描かれているのだ。そのような過去と現在を経て、和人とアイヌの戦を終わらせようと、シラウキと稲姫は仲間と共に出羽を目指す。安東舜季を中人(仲裁人)として、夷嶋に来てもらうためだ。かくしてシラウキたちの過酷な旅が始まる。
シラウキや稲姫の願いは、和人とアイヌの対等に近い和睦協定「夷狄商舶往還法度」へと結実する。本書は、そこに至るまでの物語といっていい。しかし、その後も和人のアイヌへの差別や搾取が続いたことは、周知の事実であろう。だからこそ本書が生まれた。波乱万丈のエンターテインメント・ストーリーに込められた、作者の熱き想いを受け止めてほしい。
有沢佳映の『全校生徒ラジオ』(講談社)は、左開きで中身は横書きになっている。とある過疎地の中学校は、全校生徒が四人の女の子しかいない。中三のれなどんと橘(たっちー)、中二のなつみ、中一のモモだ。四人は夏休みに「全校生徒ラジオ」と名付けたポッドキャストを始める。物語のメインは、このポッドキャストだ。すぐに脱線する四人のワチャワチャした会話が楽しい。また、回を重ねていくにつれて、それぞれの個性や家庭環境が見えてくる。観た映画の話をしたり、ちょっと重い質問に答えたりしているうちに、四人とリスナーの世界が広がっていくのだった。
その一方で、各回の後に、「全校生徒ラジオ」の内容をテキストに起こす、不登校の中学二年の男の子のパートが挟まれる。最初に聞いたときから四人のファンになったのに、なかなか認められない自意識過剰な男の子の内面が面白い。だが、しだいに男の子の抱えている問題が露わになっていく。女子中学生四人のポッドキャストという小さな世界により、前向きになる少年少女が増えていく。なんとも気持ちのいい物語だ。
菊地秀行の『魔界都市ブルース カニバル狂団 女帝』(祥伝社)は、人気シリーズの最新刊。そして、一九八九年の『外谷さん無礼帳』以来、二冊目となる外谷良子が主役を務める作品だ。今までにも脇役で活躍する『魔界都市ブルース〈魔界〉選挙戦』のような作品があったが、まさかの主役に驚いた。
外谷さんこと外谷良子は、〈魔界都市“新宿”〉一の情報屋。超ふくよかな身体の持ち主で、言動は破天荒。そんな外谷さんが、世界中のカニバリズム(人肉食)集団から狙われる。彼女の、たっぷりのお肉が目当てらしい。かくしてシリーズでお馴染みの、秋せつら、ドクター・メフィスト、ヌーレンブルグ家の人形娘たちも巻き込んで、外谷さんの大暴れが繰り広げられる。菊地作品の最強(最凶)ヒロインの外谷さんだけあって、暴れっぷりも尋常ではない。さまざまな異能を持つ刺客を蹴散らす、彼女の行動が痛快だ。それにしても、外谷さんを主役にした作品がもう一度読めるとは……。菊地秀行ファンを続けてきてよかったと、しみじみ思ってしまうのである。
最後は、結城真一郎の児童ミステリー『やらなくてもいい宿題 謎の転校生』(主婦の友社)にしよう。小学五年生の東雲数斗は、高校レベルの問題も余裕で解ける算数の天才だ。その数斗のクラスに、転校生がやってきた。ナイトウカンナと名乗る転校生は、可愛くて大人っぽい。しかし、何を聞かれても「内緒」とはぐらかすので、クラスで浮いていた。数斗の親友の新城航平は、日本中を騒がせている大泥棒・怪盗ランマの仲間ではないかと疑っているほどだ。そんなカンナのことが気になってならない数斗は、彼女と仲良くなろうとする。ところがカンナは、数斗の得意な算数で勝負をし、「解けたら質問に答えてあげる」というのだった。
カンナの出す問題は「つるかめ算」や「旅人算」など、よく知られたものばかり。当然、数斗は簡単に答えるが、なぜか不正解になる。注意すべきは、算数の問題がストーリー仕立てになっていること。これにより問題の焦点が、算数の正解からズレているのである。ああ、それってミステリーの謎の作り方そのものではないか。小学生が読みながら算数の勉強ができる本書は、ミステリーの書き方の入門書にもなっている。ミステリー作家志望者の大人にも、読んでほしい作品なのだ。