『偏愛的漢詩雑記帖』
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『偏愛的漢詩雑記帖』川合康三著
[レビュアー] 宮部みゆき(作家)
漢詩といえば、すぐ頭に浮かぶのは「国破れて山河あり」という一節だ。これは西暦七〇〇年代に活躍した中国(盛唐)の詩人・杜甫の「春望」の冒頭の一行「国破山河在」で、私はずっと、「国は戦争に敗れたが国土は残った=復興への希望、自然の力強さと尊さ」をうたっていると思い込んできたのだが、本書によると、その解釈では原文とニュアンスが違ってしまうのだそうだ。「国」は現代の私たちが連想する近代国家ではなく、とりあえず「人びとがまとまって住んでいる場所」ぐらいの感じ。「やぶれて」も「敗」ではなく「破」なので、敗戦ではなく「秩序が乱されてめちゃくちゃになる」という意味だという。国家の存亡ではなく、切実な日常の危機と喪失を言い表しているのだった。
こんなふうに、本書のページを繰ると学ぶことがたくさんある。それもそのはず、著者は中国文学のプロ中のプロなのだ。著名な詩人たち(三国志でお馴(な)染(じ)みの曹操も登場します)と数々の名詩を題材にして、情報量は半端ないけれど、タイトルどおりの愛ある語りが軽やかで優しい。(大修館書店、2420円)