『別れのサンバ 長谷川きよし 歌と人生』
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<書評>『別れのサンバ 長谷川きよし 歌と人生』長谷川きよし 著、川井龍介 監修
◆波乱に満ちた55年の歩み
「別れのサンバ」「黒の舟唄」などのヒット曲で知られるシンガーソングライターでギタリストの長谷川きよしが、デビュー55周年を機に歩みを振り返った回想記。波乱に満ちた半生の向こうに時代が透けて見える。
20歳のデビュー曲「別れのサンバ」は1969年の発表。経済成長の一方で、環境汚染などの歪(ゆが)みも深刻化し、学生運動も激しかった時代だ。音楽界はフォークソングやグループ・サウンズが全盛。技巧的なボサノヴァ・ギター一本でオリジナル曲を歌う長谷川は異彩を放つ存在だった。
交流の範囲は広かった。浅川マキ、加藤登紀子、渡辺貞夫、フェビアン・レザ・パネ、後には椎名林檎や小西康陽ら、幅広い音楽性を持つアーティストたちはもちろんだが、野坂昭如、矢崎泰久、永六輔、立川談志、高橋竹山、花柳幻舟、中村とうよう、吉行和子、村松友視といった多彩な人物も登場する。長谷川が狭い芸能の世界に閉じこもることのない活動をしてきたためだろうが、彼の個性が多くの人々を引き寄せたとも言える。また、一流の作家が歌詞を書いたり自ら歌ったり、異ジャンルのアーティストが共演したりという活動が盛んだった時代でもあった。
結婚と離婚、再婚、事務所を閉じて仙台に拠点を移し、全国の小さなライブハウス回りを続けた旅芸人のような日々、一時は音楽の仕事を辞めて函館でマッサージ師をしていたなど、長谷川の歩みは波乱に満ちている。その後の病気やコロナの日々、最近の老いなども淡々とした口調で語られる。
若い頃は「盲目のシンガーソングライター」とのレッテルに反発していたというが、後半のエッセー部分では目が見えない日常のディテールが丁寧につづられていて、改めて教えられることが多い。最後に唐突に挙げられた「敬愛する歌手」のリストも意外性があって興味深い。ただ、長谷川自身は数々の名曲をどんなふうに生み出したのか、その奥義に触れられていないのがやや物足りない。
(旬報社・1870円)
長谷川 1949年生まれ。川井 1956年生まれ。ジャーナリスト。
◆もう1冊
CDアルバム「ACONTECE」(アコンテッシ、1993年)サブスクにも収録。