『救出の距離』
- 著者
- サマンタ・シュウェブリン [著]/宮﨑真紀 [訳]
- 出版社
- 国書刊行会
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784336076335
- 発売日
- 2024/09/25
- 価格
- 3,300円(税込)
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『救出の距離』サマンタ・シュウェブリン著
[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)
守り切れない 恐怖と焦燥
「そいつら、のたくる虫みたいな感じなんだ」
一行目からなんとも不穏。
主人公アマンダは、ベッドに横たわったまま、誰かと話している。その相手はダビと呼ばれる少年らしい。けれど、ダビの口調は年齢にそぐわず大人っぽい。アマンダは本当は誰と、どこで、何を話しているのだろう?
アマンダがブエノスアイレス郊外の村にバカンスにやってきてから、寝たきりになるまでの間に、何かが起きた。ダビはきっかけとなった出来事を聞き出そうと会話を続ける。
少しずつ、一文ずつ刻むように物語は過去へと遡り、アマンダの置かれた状況がわかってくる。アマンダとニナ、近くに住む友達のカルラとダビ、二組の親子の会話から、ダビにも何か恐ろしいことが起こったことがわかる。カルラはダビを助けるため、緑の家に住む魔女のような老女を訪ね、そこである選択をする。
救出の距離とは、子どもに何かあった時に親が助けられる距離のこと。ゴム紐(ひも)のように伸びることもあれば、全く余裕なくぎりぎりと親子を縛り付けることもある。物語が進むにつれ、距離は縮まる。
自分自身に、愛するものに忍び寄る恐怖。魔術的で、朦朧(もうろう)としていて、実体がない何か。どれだけ救出の距離を意識していても、守り切れない瞬間がある。事態はもう起きてしまっていて、アマンダにもダビにもどうすることもできない。その不安が、焦燥(しょうそう)が全編を重たい雲のように覆っている。
じわじわと物語は核心に近づく。
また本書には、もう一つの距離が描かれているように思う。ラスト数ページには、別の絶望感がある。
明確な脅威や怪物が存在するわけではない。けれど目に見えない何かにじわじわと蝕(むしば)まれゆく感覚は、見えるものよりなお恐ろしい。
この恐怖は読むわたしたちの日常にも染みだしてくる。こんな形のホラーもあるのかと、驚きと恐怖を感じながら一気に読んでしまった。宮﨑真紀訳。(国書刊行会、3300円)