『80歳、まだ走れる』
- 著者
- リチャード・アスクウィズ [著]/栗木さつき [訳]
- 出版社
- 青土社
- ジャンル
- 芸術・生活/体育・スポーツ
- ISBN
- 9784791776771
- 発売日
- 2024/09/27
- 価格
- 2,860円(税込)
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『80歳、まだ走れる』リチャード・アスクウィズ著
[レビュアー] 為末大(Deportare Partners代表/元陸上選手)
高齢走者に学ぶ生き方
最近、友人の朝原宣治さんが追い風参考ながら50代で100メートルを10秒台で走った。速度はやや遅くなったが動きはほぼ昔のままだった。この本のテーマは「人はどこまで走り続けられるのか」だ。60歳を少し超えたジャーナリストが、自身が老いを感じたことをきっかけに、高齢アスリートたちが競い合うマスターズの世界に魅せられていく。60歳でマラソン2時間30分台で走るマラソンランナー、二つの大戦を経験したポーランド人のランナー、スラム街で育ち息子の死を経験しながらも走りに希望を見いだした100歳のスプリンター。年齢を重ね、家族との死別、怪我(けが)、病気、時代に翻弄(ほんろう)されるなど様々な背景を持っているが、皆一様に明るい。
トレーニング方法や、取り組み次第で、驚くほど身体を健康に保つことができる。全般を通して感じるのは、身体を鍛えることで心も生き生きとしている様だ。私はまさに「若者」スポーツのど真ん中にいた。勝利によって速さと強さを証明する世界だ。この価値観から言えばマスターズの世界は理解しがたい。なにしろ記録は伸ばすものであり、成長することが前提にあるからだ。
しかしこれこそがまさに私たちの生涯を苦しめているように感じる。私たちは登り方を教えられるが、幸福に降りる方法を学ぶ機会がないのだ。ドイツの哲学者カール・グルースは「歳(とし)をとるから遊ばなくなるのではなく、遊ばなくなるから歳をとるのだ」と語る。遊びの最大の特徴は「無意味性」だ。ただ面白いからやるのだ。歳を重ねると何かをやろうにも「年(とし)甲(が)斐(い)もなく」という目が向けられる。ところがこの本の登場人物たちはそれを全く意に介さない。
走る行為は重力とのダンスだ。身体を倒し込み、それを足で支えていく。究極の走りはもしかするとマスターズにあるのかもしれない。何しろ最も力に頼らない走りを身につけていくのだから。栗木さつき訳。(青土社、2860円)