<書評>『風呂と愛国 「清潔な国民」はいかに生まれたか』川端美季 著

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風呂と愛国

『風呂と愛国』

著者
川端 美季 [著]
出版社
NHK出版
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784140887295
発売日
2024/10/10
価格
1,078円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『風呂と愛国 「清潔な国民」はいかに生まれたか』川端美季 著

[レビュアー] 三砂ちづる(津田塾大教授)

◆欧米意識した「入浴好き」言説

 もう40年近く前のこと。25カ国からきた32人の学生がロンドン大学の修士課程、つまりは大学院で学んでいた。ある朝、大学院生用の寮が断水した。その日プレゼンをする予定であったガーナとジンバブエの女性、ブラジルとペルーの男性(4人とも医師)が「断水しているので大学に行かない。シャワーを浴びずに人前に出られない」と、同じことを言って欠席、あわててアジア勢とヨーロッパ勢でプレゼンをカバーした、という経験がある。

 日本人は入浴好きと言われるが、もっと気にしている人たちは世界にたくさんいた。日本人の「風呂好き」「清潔好き」はあくまで、湿気の少ない西洋との比較において、ということか。

 本書は、まさにその西洋からの視線をおりまぜながら、日本人の入浴と風呂の来し方から清潔規範をとりあげる。「入浴」は、ここでは、「浴槽」に「湯」を満たす「湯浴」のことであり、その延長として蒸し風呂なども言及されるが、いわゆる「水浴び」はここでは「入浴」ではないようだ。この本では、湯浴と公衆浴場の歴史とそこに関わる規制、衛生観念などを歴史的に追いながら、いかにして風呂屋が現在の形態になったのか、また、日本人は入浴好き、と言う言説が広まったのか、を追ってゆく。

 19世紀のイギリスで始まった公衆浴場運動の背景や日本への影響も引用しながら、「入浴好きな日本人という意識は、衛生上の必要から浴場が設置されつつあった欧米との比較の中で日本を見る時に生じた」と言いきる。そして近世から近代にかけて公衆浴場の規範を通じて、精神と身体の「潔白性」が国民に受け入れられるようになっていく様をたどってゆく。公衆浴場としての風呂に着目すると、このような論考につながることは、まことに斬新で興味深い。

 公衆浴場の湯浴のみでなく、禊(みそ)ぎにつながるような「水浴び」、「川で風呂する」ことをも射程に入れたら、著者はどれほどまた闊達(かったつ)に議論してくれるだろうか、とさらなる期待ふくらむ一冊である。

(NHK出版新書・1078円)

1980年生まれ。立命館大特別招聘准教授・公衆衛生史。

◆もう1冊

『身体の歴史』(全3巻)A・コルバンほか監修、鷲見洋一ほか監訳(藤原書店)

中日新聞 東京新聞
2024年11月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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