<書評>『文芸記者がいた!』川口則弘 著

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文芸記者がいた!

『文芸記者がいた!』

著者
川口則弘 [著]
出版社
本の雑誌社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784860114930
発売日
2024/09/25
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『文芸記者がいた!』川口則弘 著

[レビュアー] 藤沢周

◆文学普及への情熱と執念

 「新聞小説は新聞紙の売行を左右する威力を持っている」とは、いかなることぞ。

 現代作家でかような強気な言を吐ける者は皆無、であろう。これは昭和29年の話。なんとも羨(うらや)ましいことを宣うているのは、作家正宗白鳥先生である。確かに、白鳥自身もその事態に、「事実として不思議」と言っているのだが、その背景には文学の普及に命を燃やす情熱と執念の文芸記者がいたからなのだ。白鳥本人も明治後期に「読売新聞」の文芸記者を務めていたが、「東京朝日新聞」で文芸欄を始めた夏目漱石をはじめ、国木田独歩、徳田秋声、島村抱月、薄田泣菫、菊池寛など、のちに文豪となる者たちが新聞社で記者をしていた時代があった。

 その文芸記者たちの活躍を文芸欄草創期である明治から現代までマニアックなほどの筆致で追ったのが本書。連載小説の企画、文学評論や書評の掲載、インタビュー、出版動向の取材、あるいは戦略的に論争をしかけ、さらには筆名で自ら書きまくる。八面六臂(はちめんろっぴ)の働きを見せながらも、あくまで「影の存在」に徹するというのが文芸記者なのだが、多くの読者と社会に開かれたメディアゆえに、その一行の影響力がおそろしい。作家を天国にも上らせれば、地獄へも突き落とす。我々書き手にとっては、必殺仕置き人のような存在でもある。

 いや、記事でなくても酒場でも。「東京新聞」の名物文芸記者だった頼尊(よりたか)清隆など、酔って年上の仏文学者河盛好蔵に「あなたはちっとも勉強しないね」としつこく絡んだ。後日、井伏鱒二から「あれはまずいよ」と言われて、真っ青になったとか。だが、「ぐでんぐでんに正体をなくすその無防備さで、多くの書き手に愛された」のも事実なのだ。

 「クセ強(つよ)」だから文芸記者になったのか、文芸記者だから「クセ強」になったのか。多くの記者たちを通し、時代と社会を浮かび上がらせながら、人間愛に満ちる本書。元気とやる気をもたらしてくれるが、それにしても、げにおそろしきは文芸記者なり。

(本の雑誌社・1980円)

1972年生まれ。直木賞研究家。昼間は会社員。著書『直木賞物語』。

◆もう1冊

『艸木虫魚(そうもくちゅうぎょ)』薄田泣菫(すすきだきゅうきん)著(岩波文庫)超絶の観察力。さすが元文芸記者。

中日新聞 東京新聞
2024年11月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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