「ポケモンカード」「ディズニーグッズ」など人気商品が買えない 森永康平が驚愕した“転売ヤー”の手口と実体に迫った一冊

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転売ヤー 闇の経済学

『転売ヤー 闇の経済学』

著者
奥窪 優木 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784106110672
発売日
2024/11/18
価格
946円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「ポケモンカード」「ディズニーグッズ」など人気商品が買えない 森永康平が驚愕した“転売ヤー”の手口と実体に迫った一冊

[レビュアー] 森永康平(株式会社マネネCEO、経済アナリスト)


転売ヤーの実態とは?(写真はイメージ)

 推しグッズに限定品、発売前から人気の新商品。絶対に手に入れたいアイテムが発売と同時に売り切れてしまうのはなぜか。

 それは、熱狂の陰で暗躍する「転売ヤー」がいるからだ。

 注目の商品を大量に買占めては高額で売り飛ばす彼らの存在はこれまでも取り沙汰されていたが、その手口と生態は謎に包まれたまま。そこに初めて切り込んだのが、『転売ヤー 闇の経済学』(新潮新書)である。

 ライターの奥窪優木さんが2年以上をかけ、転売グループのリーダー、日本で仕入れて母国で売り捌く中国人、個人で稼ぐ日本人など、あらゆる手口でひと儲けを狙う転売ヤーたちに密着、驚愕のカラクリをレポートした1冊だ。

「読んでいて感心してしまう」と唸った経済アナリストの森永康平氏による書評を紹介する。

 ***

 いまから30年ほど前に小学校で「日本は格差が小さく、一億総中流の社会を形成することに成功した国だ」と習った記憶がある。当時は小学生だったので、一億総中流の社会が本当に日本社会を正確に表現した言葉なのかを確かめる術がなかったが、親を含めて周りの大人に聞いてみた限りでは、多少の差はあれど、当時の日本に極端な格差はなかったことは理解できた。

 あれから30年が経ち、一人の大人として日本社会を俯瞰してみると、とてもではないが一億総中流の社会と表現することが憚られる世の中になってしまったと感じている。諸外国と比べてみれば、相対的には依然として格差が小さい国なのかもしれないが、至る所に様々な格差を見てしまう。一般的に格差社会といえば、富裕層と貧困層という対立軸を表現する際に用いられる言葉だが、いまの日本ではそれとは違う種類の格差が社会の至る所で存在しているのではなかろうか。

 今年に入ってSNSを介した投資詐欺の被害が急増した。被害者の多くがそれなりに資産を持つ高齢者だったが、彼らからお金を騙し取っているのは比較的若い人が多い。詐欺で捕まれば初犯でも実刑になる可能性があるのにも関わらず、若い人が犯罪に手を染める理由はお金が欲しいからだ。

 SNSを介した投資詐欺の被害が看過できない規模に拡大したため、連日メディアでも報じられ、一部の政治家や起業家、インフルエンサーたちも動き出した。そのため、一時期に比べると投資詐欺の被害報告は減少した。しかし、それと入れ替わる形で被害が増えてきているのが闇バイトだ。これもまた受け子、出し子、叩きをやる実行役は比較的若い人が多い。叩きとは強盗のことであり、何も訓練を受けていない素人がやると、現場経験もなく緊張しているため、力加減も分からず、被害者を殺してしまうことがある。そうなれば、強盗殺人となるため、初犯であろうが無期懲役又は死刑となる重罪だ。そこまでのリスクを冒してでも実行役を買うのは、短期間で大金が欲しいからだ。

 ちなみに、投資詐欺も闇バイトも実行犯は若い人が割に合わない金額で捨て駒にされるのが実情で、裏側にいる指示役は捕まらないように何重にも工夫をしている。そして、なるべくリスクを実行役に転嫁しながら、大金を稼いでいる。投資詐欺も闇バイトも指示役が困窮した若者の目先に金をぶら下げて捨て駒にしている構図は変わらない。

 私も経済の専門家として、投資詐欺や闇バイトについては加害者・被害者への取材を行っているが、昨年からもう1つ気になっているのはいわゆる「立ちんぼ」と呼ばれる女性の増加だ。こちらも過去に取材をしたことがあるが、やはり短期間で大金を稼ぐために行うケースが多いという。

 詐欺、強盗といったニュースが連日報じられ、そこには貧困が紐づいていると考えたとき、やはり一億総中流の社会という言葉には疑問符がついてくる。このあたりになると明確なアンダーグラウンドな案件であるが、アンダーグラウンドとも言い切れないもう1つの社会現象が「転売」だ。

 本書では「ポケモンカード」、「PS5」、「ディズニーグッズ」など身近な商品が転売ヤーによって購入され、市場で現金化されるまでのフローが具体例と共に生々しく描写されている。本書のなかにも単独の転売ヤーとして活動する人も登場するが、同時に転売ヤーの小間使いとして働く学生も登場する。転売で大きく稼ぐ組織の手足に将来のある若い学生が使われてしまうのだ。

 転売もまた前述のアンダーグラウンド案件のように、大きく稼ぐ主体が貧しい学生や在日外国人を使うという格差を見ることができるが、転売市場にはもう1つの格差の一面がある。それは「持てる者」が「持たざる者」から購入機会を奪うというものだ。言い換えてみれば、「商品への愛」よりも「いくら払えるか」で購入可否が決まるというものだ。

 冒頭に小学校時代に一億総中流の社会という言葉を習ったと書いたが、戦後に日本で「ヤミ市」が流行したことも同時期に習ったことを思い出した。現代の転売市場というものは、SNSやイーコマースというデジタルな表皮が核心を覆っているだけで、根本的にはヤミ市から何も変わっていないのかもしれない。そう思うと、詐欺や強盗などが目立ってきた現代の日本は経済的には一部戦争直後の状態まで落ち込んでいっていると考えてもよいのかもしれない。

 現代のヤミ市がどのようなものか。転売ヤーの手口と実体を知りたい人にはお勧めしたい一冊だ。具体的に紹介される様々な手口は巧妙であり、読んでいて都度感心してしまうが、読後に転売ヤーに転身しようとは思わないでいただきたい。

新潮社
2024年11月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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