『船上の助産師』
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地中海「難民ルート」で孤軍奮闘する日本人助産師のリアルな手記
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
地中海と聞いて多くの日本人の頭に浮かぶのは、青い海と美しいリゾート地なのではないか。
しかし今や、その海上は紛争や暴力から逃げるため、アフリカだけでなくシリア、バングラデシュ、パキスタン、イラン、アフガニスタンからヨーロッパを目指す難民ルートのひとつになり、2015年には100万人を超える人々が海を渡った。
カダフィー政権崩壊後、リビアは船による密航ビジネスの拠点となった。昨今はスマホの普及でSNSに登場する自国の成功者への憧れが難民の増加に拍車をかけているようだ。
密航業者によってボートに乗せられ海に放りだされた難民の救助船でただ一人の日本人として働く助産師、それが著者の小島毬奈だ。16年から8年の間に11回も探索救助船で活動した強者である。14年に国境なき医師団に就職し、世界の紛争地で支援活動を行ってきた。
難民の中にはレイプなどによって妊娠している女性も、乳飲み子を抱えている人も多い。母親が船酔いすれば、赤ちゃんを代理で背負うこともある。医療従事者でもご飯も作れば船の錆取りもする。掃除や荷物運びなど力仕事も多い。
人道支援の現場はきれいごとでは済まされない。かつて難民を救う救助船は“海の天使”と言われた。だがどの国も難民の受け入れに否定的な現在、“不法移民を連れてくる悪い奴ら”とヨーロッパのメディアでは揶揄され、救助船が活動停止に追い込まれ、罰金を徴収され、時にはキャプテンが逮捕される事態もあった。
救助船の乗組員も国によって方針が違う。著者は厳格なルールを押し付けるドイツ人とはそりが合わず、楽天的なスペイン人との仕事は楽しんでいるようだ。
過酷な仕事のなかの救いは、救助した女性の自立を知ること。難民申請が受理され地に足をつけて生きている人は美しい。それを見守る著者の笑顔もまた眩しいほど輝いている。