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本は向こう側の世界へ行くためのパスポート。不思議な本が出てくる3冊
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
『もうひとつの街』は、現代チェコ文学を代表する作家ミハル・アイヴァスの第一長編だ。翻訳を手がけたのは阿部賢一。
ある冬の黄昏時、古本屋に行った〈私〉が、本の背の波をゆっくりと指で触れていく冒頭から引き込まれる。二冊の本のあいだにできた暗い窪みの奥に、菫色のビロードで装丁された本があった。書名も著者名も記されていない、見たことのない文字が印字されたその不思議な本の謎を追って、〈私〉は雪の舞い落ちるプラハの街をさまよう。そして〈この世の境界は遠くにあるわけでも、地平線や深淵で広がっているわけでもなく、ごく身近な場所でかすかな光をそっと放っている〉ことに気づくのだ。
内部をさまざまな海の動物が泳いでいる巨大な硝子の彫像、緑色の大理石でできた路面電車、小さな橇にテレビをのせて走るイタチ……。次々と奇妙なものがあらわれる。〈私〉はサメと格闘し、エイに乗って空を飛び、ジャングルと化した図書館を探検する。想像するだけで愉しい。
人間はなぜ〈この世〉の境界の向こう側に思いを馳せずにいられないのだろう。人生が一度しかなくて、世界はわからないことに満ちているからかもしれない。本は向こう側の世界へ行くためのパスポートだ。
不思議な本が出てくる名作と言えば、ボルヘスの『砂の本』(篠田一士訳、集英社文庫)。聖書を売っているという男が〈わたし〉に見せたのは、はじめもなければ終わりもない、砂のように無限の本だった。その本を手に入れた〈わたし〉はある恐怖に苛まれる。
小田雅久仁『本にだって雄と雌があります』(新潮文庫)も不思議な本の話。平凡な会社員が息子に〈書物の位置を変えるべからず〉という家の掟と〈幻書〉を集めていた祖父の一生を語る。〈幻書〉とは、本と本が結婚することによって生まれるもの。例えばサルトルの『嘔吐・壁』とエンデの『はてしない物語』の間に『はてしなく壁に嘔吐する物語』という本が生まれる。本を題材にした傑作ファンタジーであり、風変わりで美しい家族小説だ。