『いのちに驚く対話』
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<書評>『いのちに驚く対話 死に直面する人と、私たちは何を語り合えるのか』岡田圭 著
[レビュアー] 若松英輔(批評家)
◆誰もが内に秘める深甚な何か
静かに燃える青い炎のような長文の詩を序文に据えた本書を読み進めつつ、改めて思いを深めたのは、詩と哲学の分かちがたい関係だった。それは本書の本質を象徴してもいる。詩は言葉では十分に語り得ないところに生まれるのだが、同時に叡知(えいち)の起点でもあるからだ。
作者は、ニューヨークで訪問看護サービスのホスピス緩和ケアのカウンセラーとして長く従事した。人生の最期を迎える人に向き合い、声にならない存在の声を受け止める仕事である。誰にとっても死は未経験の出来事である。状況は作者のような、幾人もの死に寄り添ってきた人物においても変わらない。この本には明確な解答など記されてはない。しかし読者は、人生は誰にとっても生きるに値する何かであることをおだやかに確信する。
読者は随所で、さまざまな引用に出会う。詩人、哲学者、宗教家、芸術家の言葉もある。作者はそこに解説を加えたりしない。それは道端に咲く花のようにそっと置かれている。その一つにアメリカの詩人マヤ・アンジェロウの言葉がある。「語られていない物語を内に背負うことほど大きな苦悩はない」。死を前にしたとき、いっそう厳粛な意味を持つのは「語られていない物語」であることに作者は一度ならず遭遇する。別ないい方をすれば人は誰しも、その人によってのみ語り得る深甚な何かを内に秘めながら生きてもいる、といえるのかもしれない。
本文の筆致に難解なところはない。緩和ケアやカウンセリングに関する知識のない人の胸にも深く呼びかける力をもっている。だが、本書の魅力はそれに留(とど)まらない。アメリカで生まれ、金沢で育ち、再びアメリカに行き、そこで生活した作者にとって英語は第2の母語なのだろう。本書では、素朴な英語の奥にある意味の深みを探る記述があり、それにも目を開かれた。“understand”は、単に理解することを意味するのではなく、何かの下に立つことで見えてくることを指すのである。
(医学書院・2420円)
米国の美術大、神学校を卒業。国際スピリチュアルケア協会会員。
◆もう1冊
『生きるということ 新装版』エーリッヒ・フロム著、佐野哲郎訳(紀伊國屋書店)