『昭和問答』
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<書評>『昭和問答』田中優子・松岡正剛(せいごう) 著
[レビュアー] 米田綱路(ジャーナリスト)
◆競争に突き進んだ近代の矛盾
江戸文化と編集工学をそれぞれ専門とする田中優子、松岡正剛両氏は日本をめぐり、発想の「おおもと」を江戸に求めて対話を交わしてきた。本書は『日本問答』と『江戸問答』に続く完結編。現代を問う方法を探る問答である。
三つのテーマをもとに話は進む。一つは、私たちはなぜ競争から降りられないのか。戦前の昭和日本は軍事拡大と領土拡張に走ってアジアの関係を破壊し、戦後は国内で経済発展に邁進(まいしん)して自然と人間の関係を破壊した。生活と文芸と文化が一体化した、江戸の文明を切り捨てて、近代化の競争に突き進んだ結果だ。
1970年前後を境に昭和の矛盾が一気に噴出する。田中氏が石牟礼道子の『苦海浄土』に出会い、松岡氏が雑誌「遊」を創刊する頃である。
70年の日米安保闘争、大阪万博、作家の三島由紀夫が自衛隊に決起を呼びかけた三島事件はいずれも、問答の二つめのテーマ、すなわち国にとっての独立・自立とは何かに関わる。不平等条約を脱して独立した近代日本は、日清戦争と韓国併合を経て、対中・対米戦争と敗戦に至る。植民地化の一方で、朝鮮人や中国人、アイヌや沖縄人の多民族的状況に対し「ただ序列のなかに置いておくだけ。日本はその後も、そういう多様性の受け入れを一度もちゃんとしたことがない」と田中氏はいう。令和の排外主義やレイシズムに続く問題だ。
立身、立国の一元化へと終始した日本を、松岡氏はエディティング・ステート(編集しつづける国家)の観点から解き明かす。問答の三つめのテーマ、すなわち人間にとっての自立とは何かは、二項対立ではなくデュアル(二重)進行を同時にとらえる編集的方法で読み解かれる。見失われた過去と現在とを二重写しにする、動的な観点である。
松岡氏の言葉を借りればモンタージュ的、フロッタージュ的な読みが交差する問答の先に、文化の「見立て」や江戸の「やつし」が競争を降りる方法として浮かび上がる。
言葉の場所・日本を編集し直す道行きに未来を写す。読み方の妙へと誘う道案内だ。
(岩波新書・1232円)
田中 法政大名誉教授・前総長。松岡 1944~2024年。
◆もう1冊
『編集宣言 エディトリアル・マニフェスト』松岡正剛著(工作舎)