村人が隠してきた秘密に迫るミステリ作品『デラシネ』の原点とは? 「このミス」大賞作家・梶永正史が語る

エッセイ

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デラシネ

『デラシネ』

著者
梶永 正史 [著]
出版社
潮出版社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784267024399
発売日
2024/12/05
価格
935円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

村人が隠してきた秘密に迫るミステリ作品『デラシネ』の原点とは? 「このミス」大賞作家・梶永正史が語る

[レビュアー] 梶永正史(小説家)

 元刑事と現役キャリア組の異色のコンビが活躍する村ミステリー『デラシネ 放浪捜査官・草野誠也の事件簿 「鏡の海」篇』(潮出版社)が刊行された。

 瀬戸内の美しい海に面した村で起きた不可解な転落事故の真相に迫った本作の著者・梶永正史さんが、着想のもとになった旅について語った。

 ***

 僕がその浜辺にたどり着いたのは、とある冬の日の夕方のことでした。その広大な砂浜に残された潮溜りには、青から赤へのグラデーションを見せる空が鏡のように逆さ映しになっていました。
 水面ギリギリまで視線を下げてみると、視界は空で埋まり、まるで宙を浮いているような気分です(オッサンがひとりで砂浜に寝そべっている姿は怪しかったでしょうが……)。
 そこは香川県西部に位置する“父母ヶ浜”という全長約1キロに及ぶロングビーチで、干潮時には沖合500メートルほどの砂浜が現れ巨大な潮溜りができます。そこに無風などの気象条件が重なることにより、この鏡の海がつくり出されます。
 この光景を言葉で表現しようと、作家のプライドをかけて頭を捻ってみたものの、どれも凡虜なものに思えてしまいます……。

『あの美しい光景を文章で適切に伝えることができるとしたら、それはきっと、詩人の類なのだろう』(本文より)

 さて、なんの下調べもなくこの地に辿り着いた僕は運命的なものを感じてしまい、ここを舞台にした作品を書くべきではないかと思いはじめました。
 日本のウユニ塩湖と呼ばれるほどの浜辺です。青春やラブストーリーが似合うロケーションであるのは間違いありません。
 しかし、こんなに素晴らしい景色を目の前にしても、頭に浮かぶストーリーは物騒な事件ばかり……。これはミステリー作家の性なのかもしれません。
 ただ、単なる舞台としてではなく、この美しい海の存在そのものが作品の謎に繋がるような、そんなストーリーにしたいと思いました。
 これが、本作『デラシネ 放浪捜査官・草野誠也の事件簿「鏡の海」編』を執筆する原点になりました。

 もうひとつ着想のきっかけになったのが、このシリーズのテーマのひとつである「旅」です。
 タイトルの「デラシネ」はフランス語で「根無草」という意味を持つ言葉ですが、これはある事件をきっかけに刑事の職を追われ、目的のない放浪の旅をすることになった主人公・草野誠也を示しています。
 彼は旅のなかでこの美しい浜辺を有する小さな村を訪れ、事件に巻き込まれます。そして村人たちが隠してきたある秘密に迫ることになります……。
 さて、「旅」と「観光」は似て非なるものとよく言われます。
 どちらも自分の住まいから離れた場所を訪ねるという意味合いがありますが、旅にはその道程にも意味があり、時には確たる目的地すら持たないこともあります。
 それが、どこか浪漫や憧れを感じさせるのかもしれません。
 僕自身、旅好きでよくあちらこちらに出かけます。はっきりと予定を決めない行き当たりばったりな旅であることも多く、そういう意味では、僕は草野と同じ「デラシネ野郎」(本文より)であり、彼は僕の願望や憧れを投影したキャラクターなのかもしれません。
 この浜辺にたどり着いた時も、僕はある種の旅をしていました。お遍路です。
 四国四県に設定された弘法大師・空海ゆかりの寺院、88箇所を巡るもので、その行程は全長1400キロにも及びます。
 そもそもの由来は僧侶の修行的な意味合いの四国遍路ですが、現代のお遍路さんにとっては、自分探し、リフレッシュ、癒し、壮大なスタンプラリーなど、その捉え方や目的はさまざまです。ある意味、挑戦する目的を与えられた旅ともいえます。
 当時は、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が解除された年だったので、追悼や供養、健康祈願などのために遍路をする人も多かったように思います。
 ただ僕の場合は、単に「大きな達成感を得たい」という漠然としたものでした。
 例えば徳島県にある23番「薬王寺」から高知県の24番「最御崎寺」までの区間距離は70キロ以上にもなりますが、ひたすら海辺の道を雨風にさらされながら歩を進める、そのなかで人はなにを思うのか。
 僕は……なにも覚えていません(苦笑)。
 そもそも始めた直後から「なぜこんなことを始めたのか」と後悔の念が湧き上がり、夕食のビールのことだけが頭をよぎる、まさに「歩く煩悩」と化していました。
 それでも誰にも邪魔をされず、かといって読書やスマホをいじることができない時間はひたすら自分と向き合うしかなく、これは普通に生活する中では経験できないことでもありました。
 それだけに人との触れ合いや優しさ、ふとした時に出会う素晴らしい景色に心を打たれます。そして長大な行程を終えて結願(すべての寺院を巡ること)したときは得も知れぬ感情で満たされ、人間的に大きくなったように感じられたものでした。
 この経験は創作の根底にあり、本作の謎を解く鍵として、お遍路という文化も関わってきます。

 主人公である草野は、元刑事の自称フリーライター。彼のバックグラウンドについてもお話ししておこうと思います。
 彼は拙作「組織犯罪対策課・白鷹雨音」に登場するキャラクターのひとりです。後にこの作品がドラマ化された際、草野役を俳優の眞島秀和さんに演じていただいたのですが、ファンの方から「彼のその後が気になる!」「スピンオフが読みたい!」とのお声を多数いただき、それに応えようと構想を練り始めました。
 草野(=眞島秀和さん)が「ハクタカ」で関わった事件のあと、どう生きるのかを想像しているうちに、この浜辺の光景が重なりました。
 少なからず心に傷を抱えた草野は旅を通して自分を見つめ直そうとし、たどり着いたのが父母ヶ浜(作中では千々布村)でした。
 熱い正義感は失っていませんが、刑事としての職権を失い、民間人としてできることとできないことの狭間で悩みながらも事件を追い、自身のアイデンティティに触れることになります。
 本作は「事故だと思っていたことが事故ではなかった」「犯人だと思っていた人物が犯人ではなかった」「真犯人は誰だ!?」――というような単なる殺人事件の真相を追うようなストーリーではありません。
 草野が追うのはそれらとは異質なものであり、「このまま追求していいのか?」「過ぎ去った時間に埋もれさせていた方がいいのではないか……」と悩んでしまうほどのものです。
 それでも「真実から目を逸らすことは、今を生きることに思い上がっているだけだ」(本文より)という気持ちで真相を追い、辿り着いた先で彼が見たものとは……?
 そのダイナミックな展開を楽しんでいただけるよう心がけました。
 いわゆる「村ミステリー」はこれまでやってこなかったジャンルで僕にとっては新しい挑戦でしたが、渾身のエンターテインメント作品になったと思っています。
 草野の活躍と葛藤を、美しい光景とともに、どうぞその手にとってお楽しみください!

アップルシード・エージェンシー
2024年12月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

アップルシード・エージェンシー

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