『ヨーロッパ近世史』
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『ヨーロッパ近世史』岩井淳著
[レビュアー] 岡本隆司(歴史学者・早稲田大教授)
通念覆す 複合国家の300年
世にウェストファリア史観という。ヨーロッパ諸国は17世紀半ば、凄惨(せいさん)な三十年戦争の結果むすばれたウェストファリア条約で、おおむね主権国家となった。さらにナポレオン戦争を経た19世紀に国民国家を形成し、現在まで続く国際秩序が成立する。
このような単線的な理解が、いわゆる史観による通念だった。しかし単一の主権・国民から成る国民国家は、むしろ近代以降の「神話」にすぎない。たとえば近代化のリーダー・イギリスは一貫して「連合王国」である。先だってもスコットランド独立の可否で騒いでいた。
大航海時代以降18世紀まで、ヨーロッパの大国はどこも、一枚岩の主権国家ではない。それぞれ独自の法や行政を有した地域の複合体であった。本書はこれを「複合国家」と呼ぶ。
封建制の中世でもなく、国民国家の近代でもない。「近世」という独立した時代範疇(はんちゅう)である。その三百年あまり、内には宗教改革から世俗化・産業化に向かい、外では大航海時代から継続して海外に植民地を建設しつつ、相互に戦争と講和をくりかえした。
本書は「複合国家」をキーワードに、「ヨーロッパ近世」を巨細バランスよく描き出す。大陸では神聖ローマ帝国が衰退し、強大だったスペインとオーストリアに代わって、フランスとプロイセンが台頭した。沿海のオランダとイギリスは、経済活動を中心に成長し、政治でも経済でも「革命」を重ねたイギリスが勝利を収める。
いかに各々(おのおの)の「複合国家」が、宗教・経済・政治・軍事と関わり、変容をとげていったのか。そんな「近世」は、いかに米仏の革命を導き、国民国家の「近代」に向かってゆくのか。意を尽くして、明快である。西洋史に関心のある向きは、ぜひ座右に置きたい。
そして「近世」といえば、やはり同時代の「東アジア」、徳川日本・清朝中国との対比・関係が気になる。ほんとうの「歴史総合」・世界史の「探究」は、本書を手にした今から始まるのかもしれない。(ちくま新書、1210円)